一年間の浅いい話最終回

前話: 一年間の浅いい話第五回
 で、マフラータオルの話です。突然話がかわりますが、私は休日どこか遠くに出かけるたびにスタッフにお土産を買ってきました。私は一応正社員で、一応給料も高く、まあ一応保障されている、といった身であったかどうかははなはだ疑問ですが、一応そういうことになっていて、他の多くのスタッフはいわゆるパートであり、いわゆる低賃金労働者であり、いわゆる非正規労働者であったので、なんとはなしに申し訳ない気分もないではなくて、買ってきたのでありまする。しかしながら前述のおばさまCは出勤日数が極端に少ないため、そのお土産にありつくことがなく、なんとはなしに不公平だと考えて、マフラータオルを買ってきたのです。
 しかしながら女の嫉妬というものは底知れないわけで、千若円の饅頭何分の一個と千数円のマフラータオルでは割に合わないと、おそらくそういった理由で不平不満が勃発したのでしょう。次の日出勤してくると、予定表のホワイトボードにビニール袋がぶら下がっていて、「女子更衣室の忘れ物です」と書かれていました。それだけなら、別になんでもないことなのですが・・・
 仕事につくなり電話が鳴って、「忘れ物しました」と若い女の子からの電話でした。それで保管してあるお客様用の籠を調べて、「すみませんが見つかりませんと答えました。それだけならどうということでもないのですが・・・電話を切るなり間髪入れずに、フロントにいたおばさまBがホワイトボードの袋をつかんで「これちゃうん?グッチのシルバーやん」と言うのです。みると本当に先ほどのお客様が探し求めていたグッチの指輪がはいっていたのですが、しかしです、お客様の忘れ物が従業員の更衣室にあるはずもないので、その旨を伝えて一件落着と思われたのですが・・・
 ちょうどその頃出勤してきたおばさまAが「わからんやろ!誰かが盗んでほいで落としたのかもしらんやろ!」と怒鳴り始めたので、そんな客の忘れ物を盗むような人は大阪のおばさまの中にはいないだろうといった旨を伝えたところ、まさしくそれで一件落着と思われたのですが・・・今度は「あんた指輪も買ってやる金もないんか」などとまるで私がやったかのようなことを言い始めました。
 僕はそれでもやってないみたいなことを伝えようとしたのですが、おばさまAとBは歓談に夢中でとりあってくれません。「これ高いんか?」「いやそうでもないんちゃう」「グッチやしな」「でもゴールドは高いけどシルバーはそうでも」「100均でも買えるんちゃう」「うん、多分」いやいや100円ショップでグッチの指輪は買えないでしょうと言いたかったのですが、本当にもう歓談に夢中で、ほっておけばこのわからない問題もいずれ消え去っていくのでしょうと思われたのですが・・・
 しばらくしてまた電話が鳴りました。先ほどの客からでした。「本当にないですか?」と聞いてくるので、従業員が云々は当然伏せて、実は見つかりましたといった旨を答えたところ、「よかった。ありがとうございます。じゃあ、今日の夜中か3日後の昼に取りに行きます」というので、ずいぶんアバウトな時間帯ですねと聞き返したところ、「だって明日から連休でしょ」などと答えてきました。まるで私のシフトを知っているかのような返答に思わず、「お客様ですよね?」と聞いてしまったのですが、とりあえずはその電話はそれで終わりました。
 で、とりに来ました。前田敦子という名の、恐らくは偽名であるかと思われる若い女性がやってきました。「本当によかった。これ彼から貰った婚約指輪なんです」とそこまではよかったのですが・・・そこまではドラマの最終シーンのようなハッピーエンドかと思われたのですが・・・「結婚式いつにします?」がその前田敦子の次の言葉でした。これ本当の話です。本当に起きた話です。
 とりあえずその前田敦子さんにはお引き取り願って、事なきを得たのですが、最後まで「結婚する気もないなら、指輪とかいらんし」などなどわめいておりました。お客さんがですよ。私に向かってですよ。これ本当の話です。
 さてさて最後は話の趣旨から大幅にそれてしまいましたが、一年間そのホテルで私が学んだことは特にございません。まだまだエピソードは尽きませんが、それは以後別のタイトルにて。長くなりすぎるのでとりあえずこの話はここまでということで・・・

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