5月の1話 英語が壊れた! 何一つ話せない自分

前編: 4月の2話 友達に見せた涙
後編: 5月の2話 サマースクール参加決定

フランス語の勉強の成果が出始めてきた。ちょっとずつ周りの人たちとの日常会話をフランス語にシフトし始めて、ランチに行くときや用事があるとき、「ご飯食べる?」「お腹空いたね」「いい天気だね」「今時間ある?」などのことが言えるようになってきた。周囲の人たちは、フランス語を喋るととても嬉しそうな顔をしてくれる。やっぱり母国語だし、私はここで、正しいフランス語の文法、表現、発音を誰からでも習うことが出来る。やっぱり英語はここにいても第二外国語だから、他の人が話す英語が正しい英語ってわけじゃないし、ここにいるアドバンテージを生かそうと思えば、やっぱり取り組み甲斐があるのはフランス語だ。加えて、私のフランス語の発音がわりとネイティブに近いらしく、皆が「上手になったね」と褒めてくれる。毎日、楽しいな、と思いながら生活していた。ところが――

 その代償はちゃんとあった。英語が話せなくなったのだ。英語を忘れる、という意味ではない。例えば、「レストランに行こう」と言おうと英語で言いたい時、フランス語の単語が先に頭にポンッと浮かんでくるのだ。研究のミーティングをしているときも、英語の単語よりもフランス語の単語がポンッと出てくる。頭の中で、「あ、違う、これはフランス語。英語は何だっけ」ということを考えていると、2秒、3秒と時間が掛かる。会話において、言葉の端々で数秒も詰まっていたら、会話しにくいことこの上ない。いくら相手がフランス語ネイティブだからと言って、こちらが勝手に、英語での会話にフランス語をポイと混ぜると、私の発音があいまいな分、余計に混乱させてしまう――

 ちょっと英語が話しづらいな、という感覚は薄々感じていた。だけど2ヶ国語をいっぺんに勉強する、ということはそういうことだ。語学は慣れが重要だから、別の言語をやれば、もう一方のレベルは落ちる。分かっていたことだ。だけどここで暮らす以上、フランス語が出来るようにならないと、生活の不便さからは抜け出せない。覚悟して、英語もフランス語もやるんだもん、と決めたのだから。だけど、決定的なことが、ある日、起こった。

 ある日、ボスとミーティングをしていたときのことだ。研究に関わるような複雑な内容を話すとき、私のフランス語レベルでは語彙力が全然追いつかない。だから、研究の話をするときは英語を使っている。しかし、この日の議論では、私は、自分の言いたいことが、何一つ伝えられなかった。理由は、英語で話そうにも、英語の表現が全く頭に浮かんでこないのだ。日本語ばかりが頭に浮かび、英訳しようと思っても全然思い浮かばない。やっとたどたどしく話し始めても、ノロノロとした喋り方になって全然複雑な議論が出来るようなスピードになっていない。信じられないほど文法上のミスが多くて、例えば時制がめちゃくちゃだったり、冠詞の表現が違ったり、複数表現が違ったり、目的語が抜けたりした。私が話せばそれだけで場が混乱しそうだった。結果、その日、私は自分の言いたいことを何一つ話すことが出来なかった。

 これは、私にとって一大事だった。なぜなら、私はここに研究しに来ているからだ。フランス語が分かるようになりたい、ということは、私にとって、「おまけ」みたいなもの。自分の楽しみのため、自分のストレスをなくしたい、という我儘に近い。私がフランス語を勉強することは別に誰も望んではいない。フランス語は別にできなくたっていいのだ。だけど研究は違う。ここへ来て、研究できずに帰るわけにはいかない。奨学金はそのために出ているのだから。

 私は悩んだ。フランス語で研究の議論が出来るほどに実力が付けばいい。しかしその自信は全然ない。帰国まで後6ヶ月なのだ。大学のパーティで出会った人が言っていた。「フランス語はとても難しい。極々日常的なシンプルな会話が出来るだけでも最低でも1年掛かるわよ」。私は四六時中フランス語の勉強に時間を使っていい立場じゃない。本業の研究をやらないといけない。友達に相談もしてみた。「英語が壊れるってことは、フランス語が自分の中に入ってきたっていう証拠だよ。喜んでいいことだよ。ここにいて、フランス語をやらない、なんて出来ないでしょう、生活してるんだから。大丈夫、2ヶ国語は一緒に勉強できるよ」、と言ってくれた友達もいたし、「2ヶ国語やってれば、初歩的なミスが多くなる。昔克服したはずの文法や複数の表現が落ちて、正しい英語を離せなくなる。今は英語だけに絞るべきだ」と言ってくれた友達もいた。私はこの時期、本当に葛藤していた。

 そんな私の葛藤にピリオドを打ったのは、5月から日本に来仏してきた、同じ研究室の友達だった。ある日、中心街にある大きな広場で、国際的なお店が立ち並ぶフェスティバルがあると話を聴き、日本人の友達に沢山会えるだろうと思って、その友達を誘って、行ってみた。私は、同じ寮の友達にも声を掛け、6人くらいでフェスティバルに参加した。フランス人、モロッコ人、日本人のミックスだった。

 その日本人の友達は、全然フランス語は知らない。彼女の留学の目的も研究で、私と同じ境遇にあった。フェスティバルで色んな国のブースを回って、フランス語でそこでの説明を聞いて、その日本人の友達にちょこちょこ通訳していたら、「フランス語すごいね! 」と感心したように言われてびっくりした。私はまだまだ、仏語の授業では分からないことばかりだし、まだまだやらなければならないと思っていたからだ。けれども、彼女はこう言った。「日常会話なら、もう十分だと思うけど。」 ……もう十分? そう言われて、初めて考えてみたのだ。もう十分なのだろうか、と。そして思い返してみた、自分のフランス語に関わる生活を。確かに、街で見掛ける看板の意味はなんとなく推定できるようになった。どこどこに行きたい、とか何々がしたい、とかいう自分の希望を伝えることは出来る。相手の言っていることもなんとなく分かる。研究室で受け取るメールでさえ、なんとなく言っていることが分かるようになっていた。確かに、日常生活における不便は、随分取り除かれている。

 ……もう十分? もう十分なんだろうか? ……もう、十分か!

 そして決めた。「私、もうこれ以上、フランス語の勉強はしない」。

 本当は、もう少し勉強しておけば、もっと、人に「フランス語を話せます」と言えるレベルになれたかな、という思いはある。だけど、不十分な箇所は多々あれど、サバイバルレベル以上の実力は多分付いていた。周りで言っていることも、なんとなくなら分かる。確かにもう十分かも知れない。それ以来、私はフランス語の勉強をピタリと止め、英語力の回復を試みる方に注力し始めた。

 実際、英語力の回復は思うほど簡単じゃなかった。3月頭が私の英会話力のピークだった。そこからフランス語が出来るようになるにつれて、英会話力は下がった。そこから、3月頭の状態に戻った、と思えるまで、2,3ヶ月掛かった。

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5月の2話 サマースクール参加決定

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