仮面浪人で成功。医学部に合格した物語

こんにちは、たろうと言います。

仮面浪人を経て、先日ようやく医学部に合格しました。

壮絶なストーリーとなっているので長いですが是非読んでみて下さい!

実は、これを執筆している現在はまだ慶應義塾大学経済学部に在学中です。その辺りの事情から、この合格体験記を書き始めたいと思います。

1.自己紹介

もともと医学部志望だった現役生時代は医学部に見事に全落ちしたので、浪人か、慶応経済か、MARCHの理工か、の選択肢のなかで慶応経済を選びました。
というのも、幼稚園の年中から高校1年生までずっとサッカーをやってきたんですが、所属高校のカリキュラム上での両立の困難さと、当然ながら医学部に行きたいと思うようになった高1時点で僕の成績も振るわなかったので、泣く泣くサッカーを手放して受験勉強に専念した経緯もあり、そもそも浪人を選択肢から外していました。
やるなら現役で受かることが自分との約束だったわけです。
そして、臨床医に憧れを抱く人にはわかってもらえるかもわからないですが、理系に興味があるわけでもない。まあ。一番の理由は、もう受験を続けられる精神状態ではいなかったことなんですが。
ともあれ、慶応大学の看板学部といわれる経済学部です。友達も親戚も大喜びですよ。
まあいいか、ってなるでしょそりゃ(笑)。

あ、余談ですが、経済学部が看板学部といわれる理由は「推薦入学がない」からです。要はAOや指定校推薦がないので入試難易度によってブランドが保証されているわけです。そのかわり相当勉強しないと合格は難しいですが。

2.慶応進学~再受験決意まで

話を戻します。そんなこんなで慶応大学に通うことになり、そして周りの評価が高いのもあり、いい意味で医学部への未練は吹っ切れていました。だからこそ、経済学部でしかできないことをやろう。そう思ったので大学の授業のみならず、学外のコミュニティに積極的に参加したり、ほかのめちゃくちゃ優秀な塾生と密なコミュニケーションをとったり、とにかく最初の1か月は行動しまくりました。

その結果、たくさんの視点とともに「信念」を持つことの大切さが身に染みてきて、気づいたら「将来的に力を持つことになった時に自分はどう社会貢献をしたいか」と考えていました。周りの素晴らしい人たちに感化されたわけです。だからこそ環境は人生を左右するという言葉も納得できています。

そして高校生の時にほとんど内容なんてわからないような医学専門誌を読んだり、行きたかった自治医科大学について調べたり、僕の決意の大元である地域医療に携わる両親にリサーチ掛けてみたりした経験。そんなこんなが派生して地域医療がかかえる課題に関してほかの同年代と比べて超詳しくなっていたわけですよ。

これはもうそこに貢献するしかない、だけどじゃあどうやって貢献するのか。

僕の知る限り、医療界の特に地域医療ではお金より人材のほうが足りてない。しかも免許を持って医療行為を行える人材が。そして看護師にしかできないこと、医師にしかできないこと、それぞれありながらも、結局は医師免許を持った人材が一人増えるのが一番戦力になるし変えられる部分も大きいんじゃないか。それなら医学部目指そう。

ここで現役時のぼやっとした「目標」といろんな世界を見たうえでの自分の「本当にやりたいこと」がつながりました。医者として貢献するのが自分の「信念」となったんですね。

ここまでが僕が仮面浪人をするにいたった経緯です。5月の中旬です。たった1か月半で人ってかなり変わるんです。

3.仮面浪人としての受験戦略

そしてここからがメインの受験勉強に関しての話なります。

まず再受験して医学部合格を覚悟した僕が行ったことは「情報を集める」ことです。ここで慶応大学の恩恵に与ることになり

ました。周りの学生、特に僕の周りに集まった学内でも志の高い人たちは受験にめちゃめちゃ詳しいんです。

なかには某医学部をけって慶応の理工にきたようなスーパーハイスペックな人もいて、その分僕もいろんな視点からの話をgiveしまくって、お互いにwin-winの関係を作ることができたのもあり、とにかくやった参考書、勉強法、模試の偏差値、本番の戦略、逆にもっとこうしたほうが良かった、そんなことを心置きなく聞きまくりました。ちなみに、現役時に結構勉強したとはいえ、2か月近く受験勉強から遠ざかってはいたので、現役時に使っていた参考書の復習はこれに並行してすすめていました。まあ復習は考えずに済みますしね。

話は戻って、情報がある程度集まったら今度は「自己分析」です。もともと現役時代のころから個別指導を活用して毎日「日報」を書いて提出していたこともあり、なんとなく反省点と改善策はわかっていたんですが、改めてしっかりやりました。ただ、今回は受験生のなかでも冊子掲載されるような上位の人たちからの情報があるので、それと自分の現役時の経験とを照らし合わせながら。あくまで勉強法の根本は変えずに、それぞれのいいところを今の自分が最大限生きる形で戦略を立てるように気をつけました。ここはさすがに月並みになるなぁ(笑)。それでも、自分の信念がきまっていて、まずは1%でも合格率を高めたかったので私立医学部も、地方国立医も、そして当然ながら筑波大学医学群医学類の地域枠推薦も選択肢に入りました。僕の中ではやっぱり情報の大切さも身に染みてよくわかっていたのでなるべく都心に近いというのも筑波を選んだ一つの積極的理由であったし、茨城の地域医療に貢献できる点では自治医科と筑波のどっちかという考えだったのでそこ二校に照準を当てつつ、リスクヘッジしてほかの選択肢も抑えておくという大筋に決まりました。

そうして大学の授業に出つつ、受験勉強をがっつりし始め、新しい教材も入れつつ、とやっているうちに今度は大学の期末テストがやってきました。というのも、入試本番でのプレッシャーとなり得るリスクを極力減らしたかったのと、文系の単位が多いのとを吟味して、進級単位は取っておこうと決めていました。あと、慶応は秋学期のみの休学制度がなかったのでどのみち仮面という選択肢しかなかったため自分がいいと思う方に決めさせてもらいました。

話を戻すと、期末テスト、いくら文系の単位が多いからといってもさすがに過去問ないとしんどいのでクラスの内部生に手伝ってもらいつつ(これは本当に感謝しています。)、なんとか狙い通りの単位数は確保することができました。ただ、受験生、浪人生と比べると勉強時間はどうしても少なくなってしまうのでもう割り切って11教科だけに絞ってやっていました。そして今度は夏休みの話です。

夏休みは東京出版の大学への数学、通称「大数」の、これまた化学なんですが、渋谷の金属労働組合という場所でその1週間程度の夏期講習に通いました。これの意図としては、医学部、東大、京大、東工大、阪大、辺りを受けるトップ層の受験生が集まるのでその雰囲気を夏のうちに知っておきたかったのと、純粋に化学の理論・計算分野の補強です。普段茨城で生活しているとわからない空気感も沢山あるので時間があればそういった講習に参加してみることは特に推奨できます。
というのも僕自身が現役生のころにも行っておきたかった。

そのほかには新しい問題の演習メインの勉強に切り替えつつ、マークと記述の模試を受けました。この時期はマークで85%あたり、記述はもっとひどくて確かD判定だったと思います。
特にこの記述模試の失敗では自分の悪いところがめちゃめちゃわかりましたね。そのぶん逆に改善策も見えてきました。
やっぱり模試は積極的に受けるのが最善な気がしますね。
自分で普段から強度出して勉強できる人じゃない限りは。

少し話がそれました。
ここであえてひどい模試結果を書いたのは、別にこの成績でもうかるぜ!とかそんな浅はかなことを伝えたいわけじゃなくて、
各自でもっと「模試の受け方」について考えてほしいと思ったからです。

多分、模試で苦しむのは解けない問題がたくさんあることよりも、
解き方は知っている、あるいは理解できるのに模試になると点が取れなくて判定が悪い、って状態だと思ってて、
前者は課題がはっきりしてるから努力で何とかしていけるけど、
後者は何すればいいかわからなくなるし、かといって質問して答えが明確に返ってくるようなことでもないからなかなか聞けない。

なので一応、この一年必死に死に物狂いで試行錯誤して見つけたひとつの改善策を書いておきます。きっかけになったり助けになればいいかな、程度に。

それは「集中した時の自分をよく知ること」

これでもかなり抽象度落としてるからほんとに参考程度にとらえてほしいです。
具体的にイメージしやすいのが、模試の数学で残り3分くらいで何とかこの問題解いてやろう、ってなってるときですね。

入試本番って本当に緊張するのでいつもより脳が興奮してるんです。

でも逆に言ったら練習の段階からそれを意識してできてると、かなり合格率って変わってくるかなっていうのが今年の発見です。

その前に秋学期が始まってからの勉強についてさらっと書いておきます。

基本は筑波大の推薦入試に向けて分野を絞った対策をしていきました。時系列でいうと、夏休み~10月初旬はどちらかといえばそのまま演習メインにやってました。

そして10月中旬、正味でいうと1か月半前ぐらいからだんだんと脳が「あ、そろそろ直前期だな」って感じ始めて焦ってきたのか新しい問題に集中して取り組めなくなってきたので、ここで新しい問題はいったん減らして「本番を意識した勉強」に切り替えました。

ここからがさっきの模試の受け方の話の続きになります。
この時期に特に意識したのは、今ある実力でとり得る最高点を取ることでした。
要は、「実力を伸ばす」という一つ目の勝負はここまでで終わっているわけです。
あ、僕は推薦が一つのターゲットだったのでこの時期にもう実力を伸ばしておく必要がありましたが、基本自分のターゲットの直前期の話に置き換えて考えてみてください。

話を戻すと、今ある実力での最高点を取るためにまずは過去問を研究する必要がありました。
具体的には去年度、二年前、三年前の3年分を時間計って解いて、自分がどんな間違いをするかをメインに確認する。そして致命的な穴はそれまで使ってた参考書で適宜埋めつつ、その中でも自分のミスの傾向をできる限りなにかに書くなりして貯めていきました。
取り組むときには、今までの模試とか、去年度の自治医の本番試験とかを受けて惨敗した悔しさとかシビアさを意識してやった感じです。
これも今思えばなんですが、模試で本番を意識するのっていうのは結局はしんどい直前期の自分に生きてくる部分が一番大きいんじゃないかと思います。

ただ、それもあって頭を常にフル回転させてたこの時期は一日できて6,7時間くらいの勉強時間。模試の日の疲労感をイメージしてもらえばこれも分かりやすいですね。

でも、そのかわり、点数に直結してる感覚は毎日ありました。あとはこの時期無思考になるリスクは去年経験済みだったので、最後まで量に逃げることだけはしないように気を付けてました。

もっと細かいレベルで気をつけていたり、ルールを作っていたりすることはあるにはあるんですが、そこは個別性がけっこう強い部分なので、ここではどこまで細かい感じのこともしてたよってことくらいにとどめます。

さて、だんだんと終盤に差し掛かってきました。今度は前日の過ごし方を話しておこうかと思います。

僕は執筆現在も神奈川で一人暮らしをしているので試験前々日に神奈川から茨城の実家に帰省しました。
そして翌日に試験を控えた夜に緊張していても眠りにつけるように前日はある程度早起きをしました。
その日はJR土浦駅隣接の現役時もよく利用していた図書館へ行って、本番と同じ時間割で過去問3年分をミスり方に注意しながら解きました。
この意図としては一つは翌日の頭のながれを意識しておきたかったのと、もう一つは分析済みの問題を少ない時間で解くことでさらに意図しないミスがみつかれば儲けもんだなと思ったことです。
結局はしっかり修正できててミスはなかったので少しの自信になりました。夜も比較的早めに寝ることができました。

そして当日、ここから合格発表までの僕の心情はあくまで去年の僕には教えておきたいので、本当はどうかわからないですが需要があると思ってかなりリアルに話したいと思います。

入試本番の朝は母が送迎してくれました。前日に朝飯を食べて腹を壊したので朝飯抜きで臨みました。車中では気を緩めずにこれからの勝負を意識しながらも、母にひたすら僕の好きな小藪千豊のすべらない話を聞いてもらい明るい感じにしました。そして、会場入りした後はそれまでにためたミスの自己分析をひたすた復習したり、赤本をチェックしなおしたりして緊張で吐きそうになりながらも本番を意識から絶対に外しませんでした。

はじめは、10時~12時の数学&英語。ここで数学を2完2半、しかもほぼ3完くらいの2完2半。英語も記述問題が少なかったし、できた感触をそのまま信じられたので、例年通りの理科が来ればもう合格するな、という出来でした。まあ、こう書いたということはむしろ予想通り理科に異変があったということなんですけど。

13時45分~15時45分 理科2科目(物理&化学)。現役時は化学後回し作戦が見事に失敗したので、今年は模試と直前対策でも化学ある程度解き切ってから物理というルールでやってました。筑波大の推薦試験は化学3問、物理2問で120分の時間構成なんですが、比較的時間に余裕があるので高得点勝負になってくる性質がありました。

もう少し細かくいくと、

化学{構造決定理論&無機の知識とすぐ答えられるとこ計算・思考 (化学平衡は飛ばす)}

物理(解ききれそうな方から順に解く) というルールでした。

しかし、今年は有機化学の様子がおかしい。なんと構造決定ではなく、ベンゼン環の共鳴構造という記述メインの問題でした。しかも正直言って完全に大学レベルの知識をしかも記述問題で聞いているんです。それでもそこはなんとか知っていたので乗り切れたものの、だいぶ思ってたんと違う。それに加えて理論化学は固体気体間の二層間平衡じゃないですか。もともと平衡が出たら最初は捨てて時間が余ったら取り組むルールを決めていたので当然飛ばしました。

が。自分で把握できる正答が極端に減ることになったわけです。幸いにも物理の大問2は事前にしっかりミスの傾向を掴んである力学の運動方程式メインの問題だったのである程度安心して完答。
しかし、大問1もこれまた全部数値で答える問題。しかもいやらしいことに[kg]表記じゃなくて[g]表記にしてたり、答えの値が極端に小さい値になったり。
ここでもう、僕は自分の中の推定合格最低点を捨てざるを得ませんでした。

でもその日はやり切った感はあったし、自分が事前に決めていたルールに助けられたので戦略も間違ってなかったとわかったので、無駄ではなかったしあとは結果待ちかなぁ、という考えでした。

2日目の面接試験は、そもそも持ってる視点が多いというのと、その中でも特に経営者側の視点をもった人と多くかかわってきていたのもあって、他の受験生と比べて見てきた世界が広いという自覚があったので、そこと比べられてもそりゃ違いがあるほうが当たり前だという自信のもと、ほぼ全く心配はしてませんでした。

そして入試が終わり、必修の授業もあるので神奈川に帰りました。でもここから合否発表までの2週間はセンター対策を始めたわけですが、正直言って結果が気になりすぎてほとんど頭に入らないような状態でした。まあ受かってるだろ、でも傾向読めないし、しかも数学では論証不足だろうしなぁ。化学の二層間平衡も考え方あってなかったらだいぶ点数違うし。そもそも物理で計算ミスってたら論外中の論外の点数になるだろうし。やば、落ちてね。いやでも、ほかでは極力ミス減らせたはずだし、致命的なミスはわかる範囲ではしてないから全然望みはあるんじゃ。でも傾向読めないしなぁ...。の永続的な繰り返しでした。この時期の心の支えとしては、去年はそもそも速攻だめだってわかる状態だったわけで、そう考えるとかなり進歩ではあるなぁという分析でした。

ただ、こんな精神状態が続いたらやはり人間おかしくなります。不眠症も相まってかなり鬱状態に近かったです。合格発表前には、これでおちたら今年はもう一旦受験から離れよう。じゃないとあくまで一つの可能性としてだけれども命を絶ってしまうことも考えられなくなかった。この期間はそれだけ苛酷でしんどかったです。

そうこうしているうちに急に冷え込み始めて、センター試験まで残り40日を切り、12月12日水曜日、この日はやってきました。朝早く出て、一人暮らしをしていたアパートからそのまま筑波大学の掲示板を見に行くつもりだったんですが、一人で睡眠もままならなかった状態も考慮し前日に実家に帰省、いつもよりかは安眠でき、少し余裕をもって住み慣れた家を出ました。結果発表を行うのは南駐車場の掲示板で10時に、とのこと。些細な天候の変化でさえ自分の合否結果を左右するものだとまで考えたり、そんな感じで頭の中はぐちゃぐちゃのまま。まあそれでも、どんな結果でも受け入れようと自分に言い聞かせながら9時半には南駐車場に到着。

(ここからはほんとに思考そのまま書きます、ご容赦ください。)

しかし、どうも様子がおかしい。待てど暮らせど車以外に職員どころか受験関係者と思しき人ひとりとして現れないのだ。掲示板もないし。

あれ、これどうなってんだろ。

そう思いもう一度場所を確認するとなんと「本部棟」南駐車場らしい。
これに気づいたのが9時40分ごろ。

しかし、筑波大はなぜか異常に縦長、全長4キロ。ここから掲示板まで行くのにざっと見た感じ2キロはあるのだ。
僕はそこでなりふり構わず全力疾走した。間に合わなかったらやだもん。
でもそれが良くなかったみたいで。

同じ場所に戻ってきた。同じ、場所に、戻って、きた。

...のんびりいこうぜ。

結局地図アプリ見ながら歩いて向かった、雰囲気ぶち壊しじゃん。
で、歩くこと30分弱、掲示板と思しきものが見えてきた。

もう踏んだり蹴ったりだし、でも自分のこういうたまに出るポンコツなとこも好きだったので、なんか吹っ切れてまっすぐ掲示板に向かっていきました。
そして掲示板につくと、医学群をわざわざ探そうとしなくてもなぜか自分の番号が真っ先に見つかって、「こういうもんなのか」と思ったほどでした。

でも、その一瞬後には今まで味わったことのない高揚感と正の感情が渦巻いてしばらく声も出せないほどの興奮が体を包んで。

「あぁ、合格ってこういうものなんだ。」

初めて感じたその感情に圧倒されてました。
そうしてだんだんと、支えてくれた両親、協力してくれた慶応の友人たち、慶応進学後に本当にいいご縁をいただきお世話になった方々、本当に応援してくれた大事な友人たち、なんだかんだ本当に好くしてくださった常総の先生方、浪人していてまだこの事実を伝えられない大事な親友。
その全員への感謝の気持ちがあふれかえってきました。

俺のやってきたことは間違ってなかったんだ、ようやく結果を出せた。数分前までの自分が全部報われた、そんな気持ちでした。

仮面浪人までしてやりたいことを追ってよかったなぁ、と改めて思いました。

4.この体験談から学んでもらいたいこと

これが僕の医学部合格までの物語です。どう思うでしょうか。

同じように再受験してやりたいことを追っかけたい。はたまた、私はこの人と同じ状況だとしても慶応の経済学部で十分だな。こうならないためにも現役の今のうちに勝負決めておきたい。色々な考えがあるでしょう。

ただ、その前に。合格した以上、実践した方法論、勉強法、その他多くのこと、僕が何を語っても正しいと受け取れるバイアスがかかってしまうと思いますが、全くそんなことはなくて。

「合格は目的を達成しただけ」

こう言い換えることもできて、その多くの場合で見落としや失敗につながりうる致命的な原因を孕んでいるものです。

そのうえで、この記事を通して僕が伝えたいことは、書面だろうがなんだろうが関係なく誰にでも共通して伝えられること。

それは「失敗から学べ」ということ。

ほかの受験生と違って大学に進学したことによって知ることができた僕だからこそこれを伝えたいです。
それまでは到底知りえなかった、もしくは知っていても信じられなかった世界を肌で感じてようやく受け入れざるを得なくなったし、僕も軽く見がちだった、そんなものです。

でも受験だけじゃなく人生を生きるうえでも必ず役に立ちます。
役に立たせている人たちをたくさん見てきました。
皆さんからすると僕もその一人だと今なら自信をもって言えます。

いまや大量に蔓延っているその場しのぎの勉強法を身に着けるよりも、

「失敗から学ぶ」

このことをモットーに勉強するほうが成績は確実に伸びます。
僕は現役時に気づけなかったから膨大な勉強量を正しい勉強法でこなしても第一志望には合格できませんでした。
この文章自体、現役のころの僕に向けて書いているようなものですし、全員が手放しで賛同できるものでもないと思っているので強制は全くするつもりはありませんが、「失敗から学べ」という主張にだけは医学部合格者としてのバイアスをかけてもらいたいな(笑)

書き足りない気もするけどこのあたりで筆をおこうと思います、長々と読んでくれてありがとう。皆様の合格を期待してます。


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