Santiago de Compostela 巡礼の旅(1)【出発】

次話: Santiago de Compostela巡礼の旅(2)【サーフィン】
ポルトガルの旅が始まった。はじめて訪れる国だ。 サンティアゴ・デ・コンポステーラに自転車で向かう巡礼の旅である。

リスボン空港で大きな箱に入れてきた自転車を組み立てる。すでに21時すぎ。2019年新年そうそうの3日である。
自転車のペダルをこぎだしたが空港周辺は霧。着陸の順番待ちか、高度をさげるためなのかテージョ川の上辺りをエミレーツ航空のボーイング777は何度かロールしながら旋回をした。パイロットのサービス精神なのか霧にけぶってまた美しいリスボンを上空から堪能できた。
道をききながらリスボンの中心を目指す。大きなロータリー交差点では3つめを右に行けとのこと。ずっと下りで楽であるが、寒い。Tシャツ、フリース、アノラックに軍手二枚重ねの旅姿。こんななかで野宿かテントは霧でびしょびしょになってしまう。
朝が来ない夜はない。
こんなに遅くまでやっているミニマーケットにはいる。野宿にそなえ食糧が必要だ。インド人店主がニカッとひとなつこい挨拶。パン、チーズ、サラミ、そして赤ワインを購入。全部で10ユーロでおつりがくる。1000円くらい。「どこからきたんですか」「日本は良い国ですね」
「この500m先に安いホテルがありますよ」

3つ星ホテルAlif、素泊まり45ユーロ。昔なら霧のなかでも野宿をしただろうか。ポルトガル現地時間23時30分、30時間ぶりにからだを横になげだす。ベッドのかたさはちょうど良い。

2019年1月4日
11時ごろ出発し、リスボンのBaixa
を目指す。ベイシャと発音し、ダウンタウンまたは市の中心のことだ。昨夜のリスボン空港からずっと緩やかな下り坂だ。帰りはずっと登りだなとおもいながら、整備された自転車レーンをゆく。人も車も増えて活気がある。久しぶりのヨーロッパだ。前回は10年ほど前にポーランド、ウクライナを中心にハンガリーのトカイまで銀輪を進めた。スペインは何度か長期の旅をしたことがあったが、ポルトガルにはなぜか向かなかった。ヨーロッパらしい赤い屋根の大きな建物、石畳そしてこの独特の街のにおい。
自転車レーンに乗り上げて荷下ろししているおやじが「disculpaすみません」と。ディスクルパと発音する。culpaが責めでdisはディスカウントのdisである。人々、まちまちからは、なんともこまやかな優しい感じが伝わってくる。車のドライバーらもこちら自転車の進行を優先してくれてるのを昨夜から感じていた。同じヨーロッパでもお国が変われば全然ちがう。

さて、リスボンには何日くらい滞在しようか。

airbnb(エアービーエンビー)という民泊のウェブサイトをはじめて使ってみた。Baixaのど真ん中、エレベーター付き五階建ての五階にある個室素泊まりで税込22ユーロ。2600円くらい。
15時以降のチェックインだが、13時に行ってもすんなり歓迎してくれた。受付係りでオーナーのアレックスはブラジル、サンパウロ出身の35歳。ブラジルとポルトガルのハーフである彼女とこのビジネスを一年前に立ち上げた。「ひとあいてのビジネスは簡単ではないですよ」「みなさん値段以上を期待してきますからねー」キッチンは共同で自由度が高く、珈琲、紅茶、オリーブオイル、香辛料も一通り揃い宿泊者は思い思いの料理を披露できる。二百年は経っているだろうこの建物は、時代時代の人々のおもいをながめている。木の床のにおいが、また古くささをアピールしている。急に部屋が華やいだのは、美女たちがこの狭いキッチンに入ってきたからに間違いなかった。大晦日にパリを出て来たという二人。「二年前に行った大阪と京都に心奪われているんです」「整然とした日本のすべてはまさにカルチャーショックでした、すばらしい・・」「この雑なヨーロッパとは大違い」「沖縄のたこ焼きは最高・・あら違ったかしら?」ひとりは英語が流暢で話し好き、日本の話しが止らない。今はベルリンに住んで仕事をしていると、もうひとりも、もっと話したそうだが、英語が苦手らしく友達に確認しながら照れ臭そうに話す。そのキュートさ、その笑みに一人旅の小生は瞬殺されてしまった。やはり一人旅は素晴らしい。今度日本に来たら観光地以外の真のローカルエリアを案内すると約束したが、連絡さきを交換するのを忘れたまま、そのあともう会うことはなかった。
ヨーロッパで使えるコンセントを探す。ベンガル人の若者ラキ君が親切に店をおしえてくれた、目線があったら少しでも会話するようにしている、だれとでもである。おそらく二度と会わない人だからだ。「・・友達の娘がいっときバングラデシュにはまっていたよ」「わーそうですかー!日本は良い国ですよねー」昔ニューヨークではベンガル人コミュニティで時々飯を食わせてもらっていたのを思い出す。ラキ君の進言に従いリスボンのインド人居住区に行き遅いランチを摂る。スパイシーなカレーの香りによってまたもや昔の時間がよみがえってきた。

ディナーに一人もののおやじが来るようなレストランを選んで入る。ビール、ワイン、ポルトガル肉料理にナイフの歯が立たないような肉と厚切りのベーコンそれに濃厚なソース「リピートはないかなー」ワインはおいしいかった、それに安い。だがよもや冷えた赤ワインはでてこない。

1月5日 
リスボン2日目は市内観光バスに乗ろうかと思ったが、やはり自転車にした。ローマ時代の劇場で二時間、港の広場で三時間。自転車だと細い路地にある生活のにおいが味わえる。
巡礼のスタートになるリスボン大聖堂にてクレデンシャルを授かるクレデンシャルとは四国遍路でいえば納経帳にあたるスタンプ帳である。もう一泊する手もあるが、出発する今日は快晴で暖かい。まさにサイクリング日和。観光客も地元の人たちも海辺の太陽を浴びて幸せそうだ。大勢の人が繰り出している。随所に名所がある。名前やいわれは、縁があれば誰かに教えてもらえる。ガイドブックやネット情報は、できる限り頼らない主義で旅をする。偽物のサングラス売りや葉っぱ売りが声をかけてくる。食い詰めたスペイン人のおやじたちだ。20ユーロときたアルマーニの偽物サングラスを10ユーロに値切って手に入れた。ちょうど必要だとおもってたので嬉しい。冬だというのに太陽がいっぱいだ。
4月25日という名の大きな橋をくぐって更に西へ。まもなく大西洋だ。自転車レーン、追い風に時速40kmで巡航する。一人笑いがこみあげてくる。思わず口笛がでるのも久しぶりである。微笑みかける人々。

住宅街のスーパーマーケットでパンを買う場合は、 順番待ちの番号札を取らなければならない。 周りの人の動きを見てなんとなく察知するまで 時間がかかった。 なんとなくこちらの動きを見ていた婦人が順番抜かしをさせて先に買わせてくれた。 他の客たちも「いいよいいよ」と後押しをしてくれる 黒くて重いパン。イベリア地方で、 出会えるパンが世界で一番美味しいと思う。 チーズにもワインにもよく合う。 これさえあればどこで野宿しても大丈夫だ。
チーズ売り場では、 迷っても迷いきれないぐらいの種類のチーズが売られている。 近所に住むという男性の買い物客が、時間をかけてチーズの種について説明をしてくれる。ポルトガル語混じりの英語である。やぎと牛の乳で出来た固めのチーズにする。

一回目のパンク。前タイヤを早く修理して出発。

いくつか小さな町を過ぎるといよいよ大西洋に出た。 海沿いの明るく伸びやかな丘陵地帯を行く。すばらしい景色。すばらしい時間だ。 この向こうに新大陸があると信じて出かけて行った人達は本当にすごい。 半分くらい西に傾いた太陽が大快晴の大西洋を煌めかせている。
大西洋に沿って北上を始めるとまもなくいくつかのサーフポイントを通過する。 ロングボードを抱えて上ってくる男性がいたので話しかけてみる。「ウェットスーツは3ミリ/4ミリが冬の主流」「妻はドイツ人だが、 日本に5年間も住んでいたので日本語がペラペラなんだよ」「 妻はオーストラリアにも住んでいた、今はパドリングボードのインストラクターをしているんだ」「 妻の影響で サーフィンを始めたのが5年前だよ」「 俺は旅に出てポルトガルに帰ってくるといつもホッとする」「 スペインやフランスは色々とうるさくてめんどくさいよ」 「 俺はこの近くの病院で経理をしてるんだ」このように話してる間も眼下のブレイクに舞い続けるサーファー達から彼も私も目を離さない。いい波に乗っているのを観るのは楽しい。嫁さんの話が殆どで、肝心のサーフィン情報はあまり聞き出せなかった。なごめる感じの男だったけど。メルセデスのルーフキャリアに積んだロングボード、「・・ストラップをかけるの忘れないようにね」と言って別れる。ネクタイと同じで忘れると事故になる。

すぐ近くにサーフスクールやレンタルショップがあるが、今日は自転車でもう少し北上したい。Guinchoという街にさしかかった。ギンシュと発音する。 ビーチブレイクの サーフポイントが連続して、たくさんのサーファーが随所のブレイクに舞っている。 ポルトガルのサーフシーンがこんなに素晴らしいとは想像だにしていなかった。サイズは胸から頭くらいか、いや実際にあそこへ行くとダブル近くあるのかもしれない。パワフルな波は、この北80kmのナザレのビッグウェーブを想像させる。

とても美しい夕暮れ時だ。ちょうどここGuinchoにはキャンプ場があるというので行ってみる。 自転車で一人用のテントなら9ユーロ。 1ユーロは今124円だが、巡礼者は最初の一泊は半額となるという。 一旦受付で9ユーロを支払ったら私が巡礼者であると後で知って、受付の人が 手続きをやり直して半額を返金してくれた。「明日もよかったら泊まってってください、明日は25%引きです」「あ、お釣りを間違えてすみません、お恥ずかしい」 シャワートイレキッチン、キャンプ場内でのルールを丁寧に説明してくれる。
キャンプ場内には売店とバーがありとても便利だ。
600ミリリットル近く入るグラスにポルトガル産ビールをなみなみと注いでもらって、なんと1.85ユーロ 約270円。 ポテトチップスを食べながら 2杯をいただいた。
ビールを注ぐ役の女の人はマデイラ島出身、大声だが流暢な英語。「私は言語を覚えるのが趣味なの」「 日本語にも興味があるけど 書くのが難しそうですよねー」「 うちはポルトガルで一番美味しくて安いビールを出してるのよ」「 はいこれがレストランのメニュー何でも作るから注文して」
今日は昼間に買ったパンとチーズが楽しみなので外食はやめておく
テントに戻りワインを飲んでいるといつのまにか寝落ちしていた 朝方寒さで目が覚める。
トイレに行きインナーを一枚着込んで寝袋を水分透過性の高いアウターサックに入れてもう少し寝る。暖かさに包まれよくねむった。

1月6日
日本を出発したのは1月2日なのにもうずいぶん長い間旅をしている 感じがする。
ギンシュの町は小さい。テントを残して朝のサイクリングに出かける。 地元の人が集まるカフェに入る。珈琲一杯65センティーモ。センティーモはセントにあたり、ユーロの下の単位である。 100センティーモが1ユーロになる。この濃くてものすごく美味しいコーヒーが100円もしないということになる。 この先の人生はこの国で暮らしながらサーフィンを続ける構図が一気にわいてくる。 でも昔アマゾン最奥の支流域を旅した時もそう思ったものだ。 国内外どこに行ってもそこで暮らしてみたくなるのが 悪い癖だ。 結局ずっと旅が続くことになる。
キャンプ場の受付の人が昨日勧めてくれた通り、もう一泊することにした。 今から波チェックとサーフレンタルショップの状況を確認しに行こう。
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Santiago de Compostela巡礼の旅(2)【サーフィン】

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