今でも私の支え。犬のピピの物語(8)小さなからだが放つ光
ある、晴れた日のことでした。
わたしは、東の庭の花壇の前でしゃがんでいます。玄関アプローチには、父と母が並んで立っています。そのちょうどまんなかに、ピピがいました。
「おーちょぴー」
わたしが、わざとおかしな名前でピピを呼びます。おーちょぴーの「お」はお菊さんやお松さんの「お」、「ちょ」は、ちょんやちょこっとの「ちょ」です、たぶん。
父と母はにこにこして、ピピを見おろしています。
ピピは、くるくるっと頭をふり、とっさに迷いました。ふった頭にひっぱられ、押されて大きな耳がおどり、からだまで、ちょっと浮き上がります。
(どっちに、いこうかな!??)
(こっちはひとり! あっちは、ふたり!!)
でもやっぱり、わたしのところに走ってきます。母は、わたしのきみょうな呼び方や、ピピの動作をけらけらと笑います。
わたしたちが窓から見ていると、ピピは、ひとりで庭を歩いているところです。
・・・と、別になにごともないのに
「ふわっ!!」
とはしゃいで、走りだします。とつぜん
(キモチがハナやいでしまう!!)
ようなのです。
それからピピは
「でけでけでけでけ・・」
と、歩いていきます。こどもらしい、ワニがにまたのうしろ足がぺたぺたと地面にくっつき、離れていきます。全然すばやくもかっこよくもないのですが、ほんにんは、じつに幸せでうれしそうなのです。
それを見て、わたしたち家族は大笑いをします。
ピピの放つひかりで、うちはぱっと明るくなりました!
わたしは、まじまじと、このひかりのもとを観察しました。
ピピの目は、たんに黒とか、こげ茶色ではなく、ふかくやわらかい紺むらさき色をしていました。猫みたいな、するどい形の瞳孔もありません。
つやつや光るその目のまわりには、まっ黒い、なめらかなゴムのようなふちどりがあります。これが、ピピの目もとをいっそうぱっちり、大きく見せています。
鼻は、やっぱり黒いゴムのボールですが、その表面には多角形のみぞもようがびっしりと描いてあります。鼻の真ん中の、二つの穴のあいだの大きなたてみぞをたどって降りていくと、やがてわかれみちになって、両側にまわりこみ、のぼっていきます。そして、その先っぽにそれぞれ小さな穴がありました。
・・・あな? しかもこのふたつの小さな穴、それからいわゆる鼻の穴は、みぞでつながっていますよ? あれれ? 犬の鼻はにんげんのような袋じゃなくて、いちぶぶんがフタみたいに開けられるのでしょうか!?
・・・ふーむ・・・・・
ではピピ、つづいてお口も見せてね。
まず、くちびるは、目のふちどりとおんなじ素材で、でももっとやわらかい。このくちびるも、そのまわりも、かなりゆとりがあってふにゃふにゃしています。(これは後に、ピピ自身のたいへん重宝(ちょうほう)なお道具であることがわかってきます・・・。)
さて、このふにゃふにゃくちびるを、めくってみましょう。
そこには、小さな白い乳歯があたらしいお米のようにチカチカチカチカ、少し間隔をあけてきれいに並んでいます。
その奥にある舌は、濃い、うつくしいサルスベリの花のピンク色。
舌のよこの、奥歯のあたりの歯ぐきは、ピンクの地(じ)に黒のぶちがあります。歯ぐきまでぶち入りなんて、さすがイヌ。かわいいです!!
でも、わわ・・っ? 口の中の天井は、とがった波のようなひだがガタガタゴトゴト、並んでいます。なにかの工事現場みたいで、ちょっとこわい風景です。
それから、おまたせしましたの大きな耳。
ぱたんとたれたピピの耳は、ビーグルのとくちょうの一つですが、そとがわは、ベルベットのようになめらかで、緻密な黒。うらがえすと、そこはほかほか焼きたてクッキー色。さらさらした、明るい茶色のこまかくやわらかい毛がびっしりと、ほのかにピンクがかった白い肌をおおっています。ピピのこの耳うらは、うつくしいからだの中でももっともきれいな場所のひとつです。
そして、耳あな!! ペットショップで見たときも驚きましたが、この耳あなときたら、ちょこんとしたからだにくらべて、どうしてこんなに大きいのでしょう! つるつる光る硬いうす桃の表面に、細かな白い毛がはえたこのなぞの巨大カタツムリは、いつでも神秘的なうずまきをくるくるくると、ピピのちいさなあたまの中へまきつづけているのです。
さて。こんどは首から下へまいりましょう。
雪のようにまっ白い毛がふかふかとつもった胸、そのつづきのおなかにかけて、小さなポチポチが八つ、ぴこぴこぴこぴこと行儀よく、二列にボタンのように並んでいます。これは、ピピのかわいい乳首なのです。(でも、あとでよく見たら、ぽっちは十個もありました!)
もっと下のおなかには、ほとんど毛がありません。だから、アート作品みたいな桃茶色のぶちが、そっくりまる見えです。このおなかも、くちびるやほっぺたのようにゆとりがあり、しわにもなるのですが、ピピがミルクを飲んだとたん、「ぽんぽこ、ぱんぱん!」にふくれるのです。
そして、もっとずっと進んだら、うしろ足のあいだには、ちいさい白タマネギがひとつ、とびでています。このタマネギから、ピピのおしっこが出るのです。
じゃあうんこはというと、白タマネギのまたずっと向こうにある、あんず色のトンネルの門から出てきます。出おわったとたん、この門の三叉路のかたちのドアは、ぴったりと完璧(かんぺき)にしまるのです。
このように神秘的に、奇跡のようによくできたピピのからだ全体は、単純にあたたかい、すべすべした一粒のソラマメでした。
でも、黒みがちなからだの先にまっすぐなしっぽが「ぴいん」ととがった様子は、ちいさい悪魔のようでもあります。
このころ、ピピといういきものの全体は、わたしにとって、不可思議な一匹の妖怪でした。
ピピ。
ほんとうはピピ自身も、じぶんがイヌなのか、なんなのか、どうなのか、よくわかっていなかったのではないでしょうか?
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