アホの力 4-18.アホ、『仮出所』する

前話: アホの力 4-17.アホ、TVに出る
次話: アホの力 4-19.アホ、転院する②
杖をつきながらヨロヨロと歩き、思いのたけをドバッと喋る姿を、TVで撮影してもらった私だったが、ゴールデンウィークはそのまま引き続き実家に外泊する事にしていた。
不自由な身体でシャバの世界に出ると、どのくらい不自由な想いをするのか、知っておく必要もあっらからだ。
 
先ず困ったのが、とにかく段差が越えられない。段差どころか、地面の微妙なでこぼこにも躓いてしまう。地面が少しうねっているだけで、身体を支えている事が難しくなる。フラフラとよろめいてしまうのだ。
この事は、外泊前のリハビリで病院の周辺を歩いた事でも分かっていたのだが、改めてシャバを歩いてみると、結構歩きづらい。
その頃の私は、タイル貼りの床で、目地の微小な段差にも躓いてしまうほどの状態だった。足を引きずるようにしか歩けなかったので、そんな事が起こったのだ。
実家から近所のコンビニまで歩いてみた。普通に歩いたら5分ほどの距離なのだが、15分もかかってしまった。
おまけに、右手はまだ丸まったままで、ものを持つ事が出来ない。左手は杖を持っているので塞がっている。
コンビニで買い物をした品物を、持って帰る事が出来ないのだ。
仕方がないので、丸まった右手の指に袋の持ち手をひっかけて、さながら右手をフックのように使った。
でも、握力の無い右手では、重いものは引っかけられない。
それに会計の時、財布からお金を取り出すのにとても苦労した。お釣りを受け取るのにもだ。
もたもたと動く私の後ろには、どうしても会計の順番待ちの行列が出来てしまう。
これはいかん…何と課せねば。
 
リハビリの新しい『目標』が出来た瞬間だった。
『コンビニでの買い物がスムーズにできるようになる』
そのために改善すべき機能は、指が伸ばせるようになる事以外に、指に独立した動きを取り戻す事。
これは実は非常にハードルが高い。なのでこのリハビリと並行して
『聴き手スィッチ』
にも取り組む事にした。つまり、右利きだった私が、左利きになるのだ。既に食事の時は左手で端を持っていた私だったが、これからは左手で字を書き、ドアを開け、ものを投げる。右手でやっていた事を全て左手で出来るようにするのだ。

これに関しても、必要なのはひたすら反復練習する事だった。
そしてその反復練習に必要なモチベーションは、何度も言うが『ニュートラルな視点で自分を見る』事で生み出された。
ニュートラルに見て、コンビニでスムーズに買い物が出来る事は生活には必須だ。出来るようになりたい。なのでそこを目指す。
とても単純だ。そこに努力や根性は必要ない。疲れたらリハビリも休めば良いし、やりたくなったらまたやれば良い。

実家にいる間、おふくろにとても気遣いをさせてしまっているなとも感じた。
まるで腫れ物に触るかのような扱いだった。
それはとても申し訳ない事だと感じたが、同時に私をとてもイラつかせた。どんなイラつきか…
『そんなにいちいち手を出さないで。自分でやりたいんだから。』
というものだ。もちろん気を使って補助しようとしてくれている事は分かっている。でも、される方の気持ちとしてはそんな気持ちだった。
これを解決するにはどうしたら良いか…
『心配だから手を出すのだろうから、心配されないようになれば良いじゃん。』
この日から、私のモチベーションにこの一文が書き加えられた。
 
こうして、入院以来初めての外泊で『仮出所』的に外の世界を体感した私だったが、入院自体もそろそろ次の展開に移ろうとしているのだった。

著者の戸田 光司さんに人生相談を申込む

続きのストーリーはこちら!

アホの力 4-19.アホ、転院する②

著者の戸田 光司さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。