安本豊360℃ 歌に憧れたサッカー少年 Vol.30「bebedor」

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「ティラー、君が、とても耳に残るって言ってた曲があっただろう?」


ギブソンの質問で、僕の頭の中には、またあの曲が流れ始めた。


くだらない夜にうごめいて白んでゆく 辛くは無い方が好み…あれですか?」


「そう、ベベドール…それが、彼らの最初のCDのタイトルなんだよ。」



 

豊がスペイン語を覚えたのは、ラ・コルーニャへ行ってからだった。


サッカー場で、試合に熱狂した後、暗い海沿いにポツポツと並ぶバルの明かりを見ながら、低い波の音が、自分の足音を追いかけてくる…海は、大西洋…島影もなく、ただただ暗かった。


つい数分前までのサッカーの試合の高まりと裏腹なその寂しさの記憶は、大人になった豊に、バーで呑んでいる夜の気持ちを重ねさせた。

 



bebedor」は、豊が「2nd LEG」のために書いた最初の曲だった。


あの暗い海を思いうかべながらギターを弾いていてできた、歌詞のない曲だった。


頭に浮かぶフレーズをなんとなくつま弾いていると、礼央がパーカッションで入ってくれた。


以前から、ユニットを組むなら礼央と…というぼんやりしたイメージが、その瞬間、くっきりと形を現した。


豊が「2nd LEG」を組むと決心した瞬間だった。


この曲を、このユニットの最初の曲にしよう…と豊は思った。


ある夜、これから一緒に走っていくユニットの話をしようと、豊と礼央は、礼央の行きつけのバーへ行くことにした。


ネオンに彩られた都会の夜が、まとわりつくように、ドアを開けた豊たちにくっついて店の中まで入ってきた。


酔客たちの声は、時間が経つにつれて大きくなり、それがもうすでに夜中近くであることすらわからなくなるほど、騒がしかった。


豊の頭の中に、ラ・コルーニャの海とスペイン語が浮かんだ。


bebedor」…酔っ払い…吞兵衛


そして、あのフレーズに、酔客たちの会話が乗って、歌になった。


2nd LEG」、豊の後半戦が始まって1週間後、「bebedor」は完成した。

 



その年の6月、豊は金沢へ旅行している。


金沢で、大好きなマグロのトロを食べて、感動した豊は、これを意味深な言葉に変えて歌にしたい…と思いついた。


まるで、恋の歌のように聞こえる歌詞は、マグロと書いてある看板を見つけて「ここで、車を止めて」といったフレーズや、口の中でとろけるトロを「溶けて~」という言葉で表すなど、遊び心をちりばめた。


タイトルは、金沢の兼六園をイメージして「Garden」とつけた。


これが、「2nd LEG」の2枚目のCDのタイトルとなった。

 



豊は、自分自身を「一般人」と位置付けている。


天才的な詩人でもない、普通人なので、紡ぐ言葉は心に浮かんだそのままを素直に出すようにしているという。


聴く人の目に、景色が映りやすいように…そして、それぞれの状況にあてはめて、感じてほしいと思っている。


できれば、誰の心にも潜む孤独が、救われるような何かを感じてくれれば…と願っている。

 



2枚目のCDGarden」には、「こにし」という一風変わった曲も入っている。


豊が暮らしていた海沿いのちいさな街には、数軒のスーパーマーケットしかなかった。


それも、大型スーパーなどではなく、コンビニより少し大きいくらいの、本当に地域の便利な食料品店といった感じだった。


もともと漁師町だった地域には、お年寄りも多く、遠いところまでは買い物にはいけないし、大きなスーパーでは、買いたいものを探すだけで疲れてしまうので、そのくらいのサイズの店が近くにあることは、とても助けになっていた。


ところが、2015年の8月末、「小西屋」というスーパーが、突然 閉店することになった。


少し西にもう一軒、スーパーはあるものの、お年寄りの足で、そこまで歩くのはかなり大変だというので、地域ではちょっと困った事態になった。


豊も、「小西屋」の鉄火巻きが大好きだったので、その閉店を惜しむ一人だった。


「こにし」は、明るいリズムに乗せて、そんな背景を歌っている。

 



同じ、「Garden」に入っている「クアラルンプール」は、2013年にマサシと一緒にオーストラリアへ旅した時に出会った情景を歌にした。


旅を安くあげるために、マレーシアのクアラルンプール経由のチケットを取った豊たちは、クアラルンプールの空港で乗り継ぎ待ち8時間を過ごすことになる。


空港内の土産物屋を見て回っても15分ほどしか消費できず、仕方なくタバコの本数が増えた。


今はもう、タバコは吸わないのだが、豊も、当時は、その頃の若者が一通り通る道として、タバコを吸っていたのだ。


空港の小さな喫煙室は、隅っこに追いやられた愛煙家たちが、唯一頼るオアシスだったが、ひっきりなしに入ってくるスモーカーで、いつも煙っていた。


そこに人が居るということは、足元が見えるのでわかる。


でも、上半身は煙に巻かれて、顔など見えない状態だった。


もう、10回は超えていたかもしれない。


喫煙室のドアを開けた豊がぶつかった、煙の中から現れた人物は、オーストラリアへ向かう飛行機の機長だった。


ギターを持たずに出た旅先だったが、マサシとこの何気ない出来事を話すうち、豊の中で歌が生まれ、おどけたリズムにのって、泳ぎだしていった。

 



生きていれば、誰もが出会うような特別でもない場面を、豊は、ふとしたタイミングで反すうして、メロディにのせる。


豊の歌のほとんどは、彼の過去の経験が書かせている。

 



ギブソンは、豊をまるごと理解し、将来を含めて支えていこうとしている、と僕は感じた。


それは、きっとマサシの思いそのものなのだろう。


僕は、豊の思いを、こんな風に、自分の中に溶け込ませていきたいと思った。

豊の相棒として…。

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