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プロフィール第十一回

Image by Olia Gozha

以前どこかで、「好きなことを仕事にしたらいい」と聞いたことがありました。でも今、「これが好きだ」と思えるものが浮かびません。

私っていったい何が好きなんだろう?

好きな食べ物は浮かんでくるのに、「好きなこと」ってなかなか思い浮かばない。となると自分の人生を振り返る必要があると思いました。今まで楽しかったこと、好きだったこと、苦手なこと、得意だったこと、でも辞めてしまったこと。数えきれないほどたくさんありました。

その中で、ふと思い浮かびます。「大好きって程ではないけど昔からメイク好きなんだよな~」と。気づけば傍にメイクがありました。友人にも「メイクの仕事に就いたら?」と言われたことを思い出しました。そのときは、「そんなの無理だよ~」と笑って流していましたが。

なんとなくメイクについてちゃんと学んでみようと思いました。さっそく大きな図書館に何度も通って、化粧に関する本をかたっぱしから読み漁ったり、ポーラ文化研究所へも行ったり、分厚い化粧の歴史本を何冊も読んだりし、家にも取り寄せました。

本格的にメイクというものにハマっていき、メイクアップレッスンも受講しました。先生に教えてもらった手順でメイクをするだけで、ふだんと同じアイテムなのに全く仕上がりが変わったのです。仕上がりを鏡で見て、「メイクってやっぱすごい」と感動しました。

さらに、日本化粧品検定、コスメマイスター、化粧品成分検定、JMAメイクアップアドバイザーの勉強をしました。化粧療法というものを知り、勉強会へ参加し、資格も頂きました。

根拠のない自信がついてきたところで、勇気をふりしぼって美容部員の仕事へ申し込んでみました。

顔合わせの日が決まり、デパートの喫茶店で待ち合わせすることに。

待ち合わせ場所に立っていたら、コツ…コツ…と、ヒールの音が聞こえ、スレンダーな脚が見えました。声をかけられ顔を上げると、美しい、まるで女優のような女性が立っています。そして。

ただの顔合わせと聞いていたのですが、まさかの面接スタート。

「いやいやいや」面接の準備なんてしていませんし。目の前にいる美人に圧倒されっぱなしだし。まともに質問に答えることができず。しどろもどろ。「もう完全に落ちた」と確信しました。

それから一週間後。携帯に電話が。「ぜひ来月からお願いします」と。もうびっくりです。だってまったく期待していなかったのですから。

初出勤の日。緊張しすぎて吐き気がしました。「やっぱり辞めといた方がよかった」と。売り場に着くまで同じ道を何度も行ったり来たり。私の今までいた世界とは違いすぎる。

カウンターに着いてしまったら最後。美人で気の強い美容部員さんが厳しく指導してくるに違いない。過去の経験から慣れていますが、やはり怖いものです。

「もし無理だったら、1日だけでも働いて良い思い出にしよう」と自らを奮い立たせ、恐る恐る売り場へ向かいました。数分後。売り場に到着してみるとイメージと違う!?

皆さんとっても優しくて、気さくに接してくれ、いい意味で拍子抜け…

初日の帰り際、マネージャーが「今日は初日だから楽しんで帰ってほしいの。よかったら、うちのメイクをしてみない?」と声をかけてくれ、フルメイクをしてくれるサプライズ。

こんな優しい世界があるなんて…

帰り道。もう幸せすぎて「夢でも見ているのではないか?」と思い、ほっぺをつねったほどです。

最初の頃というのは、売り場の案内係として従事しました。カウンター内をお掃除したり、お待ちのお客様に番号札を配ったり。

先輩が使ったメイク道具をどこに片付けたらいいかわからず、もたもたしていると、横にいたオネエの先輩が「物事は近づきすぎると見えなくなるものよ」と言いながら場所を教えてくれました。

まもなく本社研修を受け、より仕事を任されるようになっていきました。

そんなある時。マネージャーとメイク直しをしてると、ほほえましそうに私を見て「美容部員ってかんじになってきたわね」と言ってくれ、照れくさくも、嬉しくもあったことを覚えています。

現場の雰囲気に慣れかけた頃、初めてお客さんにフェイシャルマッサージをする日がおとずれました。

その日は、たまたま本社からトレーナーが来るので、「その人に教えてもらえばいい」と先輩から言われていました。まったくの未経験だったので「やさしく教えてくれるんだろう」と、のんきにかまえていました。

すると来たのは、厳しさがにじみ出た、風格あるトレーナー。「この人は怖い気がする」と直感しました。

案の定、厳しく怒られっぱなし。教えてもらう手順に、手がついて来ないのです。しまいには「あなた不器用ね」と言われたり。

トレーニングが進むにつれ。「もう私がやるわよ」と最後はストップがかかる始末。すっかり落ち込んでしまいました。

そんな私にオネエの先輩が「あんた顔が疲れてるわ」と小ぶりなチョコをくれました。

もっと技術を磨きたいと思ったので、休みの日も色んな百貨店をまわったり、メイクを研究したりしました。製品の知識も、何度も反復して覚えました。

最初でこそおぼつかない接客やメイクでしたが、徐々にスムーズにできるようになっていき、やりがいを感じるようになりました。

お客さんの悩みを聞いて、提案して、メイクをして差し上げる。すると、とっても喜んでくださるのです。こんなにも仕事が楽しいと思えたのは初めてでした。

あれよあれよとそんな日々が過ぎて。

その翌年、私は全国から選ばれ新人賞を受賞しました。

静まり返ったラグジュアリーホテルの会場で名前を呼ばれ壇上へ。

数百人の拍手と共に湧き上がる高揚感は今も忘れることができません。

ドレスに着飾った他店の美容部員達が相次いで声をかけてくれました。

あの厳しいトレーナーは「すごいね。努力したのね。」と涙を流してくれました。

もらい泣きしそうになりましたが、先輩が人目を気にせず一心不乱に私を撮影する姿を見たら、涙が引っ込んでしまいました。

先輩達は、「とってもキレイ」「イケてるわよ」「峰不二子ちゃんみたい」と言ってくれました。

後日、携帯電話に送られた写真にうつる私からは、あの頃の暗い表情はすっかり影を潜めていました。

ルブタンのピンヒールとシンプルなドレス。そして笑顔の女性がそこにはありました。

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