続:暇

前話:

また暇になった。前回と同じだ。前回は半ば燃え尽き症候群といったところだが今回はなんだろうな、自粛に伴う心因反応か。

何かに興味を持てているうちは暇になる事はあまりない、前回の投稿をしているうちに気づいたこと。もちろん今やらなければいけないことはある、国試勉強だ。でもなぜか集中できない。今勉強してないわけではない、今日も既に三時間ほどはやったか。一日24時間あるうちの八時間くらいは勉強している。でも暇だよ。
一日に勉強を八時間やったとしても残り16時間、睡眠はよくとる方なので一日八時間以上、それでものこり八時間弱ある。普通の人ならこの残り時間をどのように過ごすのだろう。どこか遊びに行くのだろうか、まぁそれも今の時期はなかなか難しいだろうが…
この残りの八時間の消費をするうえで真っ先に思いつくのが趣味だろう。趣味とは「専門としてでなく、楽しみとして愛好する事柄」と辞書には定義されている。これに当たるものは私にもある。14年続けてきた柔道、兄貴に負けるのが嫌で始めたトレーニング、子供のころから遊んできたゲーム、それに昼寝も好きか…気分屋でマイペースな私だけどこれらだけは子供のころからずっと続けている。
その趣味を今なぜしていないのかということだが自分でも分からない。実はこの自粛騒ぎが始まる時結構喜んでいた。忙しい医学部の実習が…医学生が言うものではないがこの騒動のおかげで六年時に行う実習が全て中止となり舞い上がっていた。今年国試を受けて合格すれば医師になってしまう。いやなことではない、むしろ楽しみにしている。しかし医師になれば去年の実習で見た研修医の膨大な仕事を行うことになり、自分の時間など取れなくなるだろう。しかも私が志望するのは外科領域だ。時間を調整しやすいマイナー科に進むより余暇等なくなってしまうことは分かり切っている。学生の最後の時間を楽しみたい気持ちが出てくるのはしょうがないだろう...
そんなこんなで自粛ムード初期の私は勉強はほどほどやって、最後の学年を謳歌しようと企んでいた。趣味と言えるものは前述の四つほどしかないので、柔道と筋トレはできない(施設が開いていない)ため、ゲームをすることにした。趣味と言えるものが四つしかない世界の狭い私だが、これらには結構熱を注いでいた。柔道では中学では県大会を優勝し全国大会に出たこともある。高校は柔道で地元の有名私立に進んだ。大学でもそれなりにやっている。筋トレは大会には出たことないがベンチプレスを高校三年の時に180㎏を上げれるぐらいまでにはやったし(今は無理だが)、今も続けている。ゲームに熱中したのは大学からだが、これも小さい大会なら優勝したことがある。昼寝は…まあ小中高大、いつの友人も私の印象は教室の端で寝ているという印象を持つくらいに昼寝もしている。
自粛で家にいて、毎日時間も余っている。しかし暇に感じてしまうのはなぜだろう。普段私にも時間があればもっと柔道を、筋トレを、ゲームをうまくなれるのにと考えていた。もちろん今ゲームをやっていないわけではない。一日4時間やっている。しかし空きのある8時間の内半分ほどしかやっていない。この残りの四時間がとてつもない苦痛に感じる。なぜだろう、好きなことなのに空き時間すら全てかけられない…もっと時間をかけて練習してうまくなりたいという気持ちはあるのに。
今までもこんな気持ちになるのは度々あった。有限な時間を無駄にしてしまう。やりたいように過ごせるのになぜだろうか、満足できない自分がいる。虚しい気持ちすら湧いてくる。​
友人の一人に不器用だが凄い努力家の奴がいる。同じ部活で大学に入ってから知り合った。同じ部活で同期であったため柔道や勉強の成績で何かと周りから比較されたり、自分からも競争を持ちかけたりした。柔道では五分、勉強では私の方が上だった。彼も私との勝負を気にしており、勝った負けたでよく笑っていた。私はどちらかと言えば器用なので勉強時間はあまり取らないでも彼に勝てていた。暗記は嫌いなので、理論立てて問題を解けるようにした。自分より勉強ができる人に対して、勉強のコツを聞いて自分の軸とした。できるだけ勉強時間を減らすため一度読んで理解できない場所は無理に自分で考えようとはせず、説明のうまい奴や使いやすい参考書から学んだ。その甲斐あって勉強はテスト前でも一日数時間、テスト前日にはゲームで遊んだりしていた。反対に彼はとても不器用だった。勉強をする時は一日の時間を殆ど勉強につぎ込んでいた。彼の勉強法はただ問題を解くだけだったがテスト前は講義の時間以外は必ず図書館にいた。テストの翌日に図書館で見かけたこともあった。勉強の仕方は工夫がなかったが、彼の物事に対するストイックさはすさまじかった。しかし適当にやっても勝てることがある、無意識のうちに私は彼のことを舐めていたんだと思う。
そんな気持ちで日々を過ごしていたら、気づいたら勉強でも柔道でも彼に大きく抜かされていた。前回の記事で書いたCBTというテスト、私は学年11位で彼は2位だった。柔道の大会では彼はMVP選手になっていた。三年生辺りで彼の実力が自分の事を抜き始めていたのは気づいていたが、順位で明確に表されたのは今回が初めてで正直ショックだった。実力が抜かれ始めていると気づいていたからCBTは今までにないほど真面目に勉強した。睡眠時間は一日4時間未満、部屋にこもりきりで風呂に入る時間以外ずっと勉強した。飯を食べる間も並行して勉強した。夢でも勉強していた。そんな生活を一か月以上送ってテストに励んだが結果は惨敗。彼との実力はこの程度では覆らせない程に開いていた。ただ悔しかった…
テストが終わって順位が周りに知れ渡り、実は勉強がそこそこできるやつという印象が私に付加された。大学での私は講義中も寝てしかいないため馬鹿という印象があったのだろう。また彼も学年次席という立場になった。ここでも自然と比較されるが不思議と私の評価は悪くないが反対に彼は次席という立場だが卑下するものもいた。彼の物事に対するストイックさは有名になっており、あそこまでやって一位にはなれなかったという事らしい。反対に私はいつも授業で寝ている適当なやつが、テスト前だけ頑張ってここまで順位を伸ばしたのが凄いという事だった。言葉にはしていないが馬鹿げていると思った。過程なんてどうでもいいとは言わない。しかし彼は入学時学年成績中の中くらいだったが今回学年二位という結果を出したのだ。その結果をあれだけやれば誰でも行けるなどという話で彼を卑下するやつが理解できなかった。私を含めて彼に負けたものはその単純な努力すらできなかった人であるのに…
低学年の時のあの余った時間で勉強をしていれば、ここまで差は付かなかっただろう。今になって彼の凄さがよくわかった。一途にあそこまで一つの物事に集中できる事てとても凄いことだ。下に見ていたあのひたむきな努力が自分には足りないものだと思い知った。今の状況はあのテスト前に似ている、時間は余っているのにすべての時間をゲームに費やせない。ゲーム”ごとき”に…趣味にそこまでやる必要があるのか?など思う人もいるかもしれない。しかし来年からは医者として働き多忙になる。そう考えると最後の学生という大きな夏休みの間にできることをやっておきたいし、好きなことすら懸命になれないやつがこれから先どうなるんだろうと考えてしまう。卒後は外科医になるために勉強三昧となる。大好きな趣味すら満足に一生懸命になれないやつが、努力を継続していけるだろうか。
別に勉強しなければならないというわけではない、時間を無駄に過ごしたくないだけ。遊びでも、恋愛でも、勉強でも、昼寝でも、そこに明確に自分の意思をもって過ごしたい。そうしないと時間を無駄に過ごしているだけのように感じる。この明確な意思をもって行動することが彼のような努力、将来医者となって自分がするときの糧になると思っている。

前回もそうだったが何か文を書いてみるというのは自分の心情の整理になる。現状がとても暇っていうことは解決してないけど、とりあえず開いた四時間を無理に勉強やゲームに押し当てないで有意義に使うことを考えようと思う。またネットサーフィンでもしてみるか…

追記:この記事を書いてから一週間くらいたっただろうか。未だに私の日常に暇が存在している。なにかに打ち込むのは好きなはずなのに、本気になり切れない自分が少し情けない。今日もストイックに勉強しているであろう友人が羨ましい。一つの物事に打ち込める人っていいよね

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