「くちごたえ」

前話: 「こどものひとこと」

息子が小学三年生になって、大好きだった先生から、別の教諭の受けもつクラスに変わりました。ところが、若い教師には子供たちの手綱を上手く制御できず、次第にクラスが荒れ始めたそうです・・・

少し距離を置いた表現になりましたが、当時の私はシゴト人間で、14時間程度の勤務は当り前の毎日で、妻からときどき聴かされる学校の様子を聞き流しているだけでした。
いま思えば、妻は、なるべくこうした煩わしい話から私を解放しようと腐心してくれていたのだと思います。
ある晩のこと、いつもより早く帰宅した私の前で、風呂から上がった息子と妻が言い争いを始めました。妻の叱る言葉に、とげとげしく食ってかかる様子に少し驚きましたが、暫く会話には入らずにいました。
話しを聴く限り妻の注意する言葉は至極当然のことで、ことばもキツイものではありません。それでも息子は聞く耳を持たず、妻に、大好きなはずの「母さん」を攻撃しつづけます。
「おい、ちょっと待て・・・」あまりのことに私は息子を制し、そこで待つように伝え、庭の片隅の小さな物置から、学生時代に使っていたダンベルの7.5キロの重りを1つ持ってリビングへ戻りました。
きょとんとする息子をよそに、通勤用のリュックの中身を取り出して、その中にズシリと重い7.5キロのプレートを入れ、息子の胸の前に抱くように掛けさせ
「母さんに、いっぱしのクチを聞きたかったらこのリュックを今日から10ヶ月間、お腹に持ち続けろ。そうしたら容認(ゆる)してやる。その代り、絶対に下ろしちゃダメだからな。学校に居る間も、お風呂や眠るときも、ずっとお腹にのせて暮らせよ。それが出来たら、くちごたえを許す・・・」
そう言ってリュックを支えていた手を放しました。
ドスンと息子の肩をゆする重みが伝わってきます。
次の瞬間、リュックに額を寄せるように俯いた息子が
「ごめんなさい・・・」とつぶやきました。
「学級崩壊」という言葉を新聞やラジオで耳目にしていましたが、改めて、その存在を実感させられました。子供も高いストレスに晒される世の中です。なんだか気の毒になりました。子供も、学校の先生も。
その息子も20歳を過ぎ、家を出て独り暮らしを始めて、1年が過ぎました。今では、全く実家に寄りつかず、妻を嘆かせています。

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