【My Story】第四話 大学生活「華の大学生活と、将来への不安」

1 / 2 ページ

今日は、浪人生活を終え、始まった大学4年間のことについて書こうと思う。

たくさんの出来事があったが、僕の学生生活で1番充実していたのは大学生活ではないだろうか。


高校生の頃は、とにかく楽しく青春、という感じだったが、

大学生活は、「充実」という一言に尽きる。



それでは、書いていく。


これまでストーリーはこちら




やっと受かった大学、そこで待っていたのは・・

長かった2年間の浪人生活を経て受かった大学。希望通りの大学ではなかったが、2年も努力して受かったのだから、
自分を受け入れ、やっていこう、と思っていた。


しかし、待っていたのはなんとも言えない虚無感だった。

なんとなく浮かれている新入生、お祭り気分の新歓コンパ、全てが現実感がなく、
僕は早々に、自分の入学した大学に興味をなくしていった。


あんなに好きだった、バンドも入学した大学はあまりレベルが高くなく、(悪いことではないのだけれど)
入る気がしなかった。


何より、中堅大学である。
当時、いわゆる高偏差値の大学を目指して、浪人生活を送っていた身としては、なんとも言えない絶望感を味わっていた。


授業は、あまりにも無味乾燥で、いかに単位を効率的に取るか、など
なんとも言えない感情を味わっていた。


当時の気持ちを分かち合える友人はおらず、早々に、他に充実の場を求めるようになった。


2年間の浪人生活で溜まったエネルギーを発散するように、自分でメンバーを集め、バンド活動に明け暮れた。
機材を買うために、アルバイトもたくさんして、お金も稼いだ。

授業には最低限しか出なくなり、サークルも、もともと志望校だった早稲田大学のバンドサークルに所属するようになった。


どこに自分の居場所があるのかわからない。
そんな毎日を送っていた。


充実を外に求めた

当時の僕は、自分が打ち込めること、情熱を注げるものを探していたのだと思う。
バンド活動にしても、とにかく上手い人がいるところにいたかったし、お金も情熱もとにかくエネルギーを注げる環境に身を置きたかった。

それは、ある意味、自分の中の虚しさや、空虚な気持ちを満たすための口実だったのかもしれない。
その後に訪れる、たった一つの出会いで僕の人生は大きく変わっていった。


将来のパートナーとの出会い

大学2年生になった春、僕はとある授業を履修する。
TOEIC対策のための授業だ。

当時、海外留学をしたほうがよいのではないか、という思いから、英語の授業をいくつか履修していた。


それが、TOEICの文法対策の授業だった。

正直、大学受験で英語の文法はかなりやっていたので、授業の内容は簡単だった。

あまりに退屈で、しょっちゅう授業中に居眠りをしているような学生だった。


その時、隣の席に座っていたのが、現在の妻となるパートナーだ。

まさか、そのときは、隣に座っている女性が結婚相手になるなんて思いもしなかった。


人生は何があるかわからない。


ある時、真面目に授業を聴いていた隣の女性が居眠りをしてしまい、
珍しく起きていた僕に答えを求める、ということが起こり、

それが話すきっかけとなった。



その日のうちに、連絡先を交換し、


デートに誘うようになる。

最初は、断られていたが、
2回目の誘いでOKが出て、晴れて初デートに行くことに。


そして、初デートの夜、バンドのライブの帰り、居酒屋で相当酔っぱらいながら告白して
付き合うことになった。


バイト、彼女、ゼミナール

それからの大学生活はまるっきり変わってしまった。

あれだけ、エネルギーを注いだいたバンド活動は距離を置くようになり、サークルへの興味も薄れてしまった。

ただ、パートナーとの時間が楽しくて仕方なく、すぐに半同棲のような生活になった。

パートナーもかなり忙しかったので、互いにアルバイトと授業の合間でなるべく会うようにしていた。
幸い同じ大学だったので、時間を作ることはできた。

この時、僕の命の使い道は、半分決まったのだと思う。
その後さまざまなことがあったが、出会ってから7年後、僕は彼女と入籍することになる。


また、それまで学業には力を入れていなかったのですが、
ある先生との出会いが、学問への興味を取り戻すきっかけとなりました。


人的資源管理論を担当されていた、先生のゼミナールはとても刺激的で、大学に行くのが楽しくなったのは
本当によかった。

著者の市田 直也さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。