安本豊360℃ 歌に憧れたサッカー少年 Vol.38 「屋内路上」

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「アンテナ」が終わって、新たなマンスリーライブは、支援者主導から豊自身のプロデュースに変わることになり、タイトルをどう付けたらいいだろう、どういう方針でいけばいいだろうと、Tree Topのオーナーを交えて話しあった。

 



Tree Topでの「アンテナ」は、基本的に音響を使わず、生音で開いてきていた。


お客さんとできる限り近い距離にいたい…豊自身もはっきりとは気づいていなかったが、彼の孤独な時間が切に求めたことの表れだったと思う。


生音は、音響に助けられない分、自分自身の力が試される。


しかしながら、それをポジティブな視点から見てみると、何も足されず、何も引かれず、豊の作り出すそのままの世界を聴き手に届けられる、ということでもある。


「それが気に入ってるんやったら、そのままやったら?路上ライブみたいに…」


路上ライブ…そうや、僕は、それがしたかったんや…あの日、マサシと一緒に聞きに行った路上ライブ…すべてはそこから始まっていた。


新たなマンスリーの方針は路上ライブに決まった。


その路上ライブを喫茶店という屋内で開く、だったら「屋内路上」でどう?ということで、タイトルは「屋内路上」に決まった。

 



「屋内路上」…「屋内路上」…「屋内路上」…


繰り返すうちに、豊はだんだん、解放されていく気がした。


8月ぐらいにはリリースできるかと思っていたCDは、まだ製作もされないままだった。


豊ができることはとっくの昔にすべて準備して送ってあった。


CDという音源が仕上がったら、そこから動き回ってみよう、というのが支援者の当初の計画だったが、肝心のCDが手つかずのままなので、どうにも動き出しようがない。


豊は、どちらかといえば、思い立ったらすぐにやりたい方で、早く結果を手に入れたいと前のめりになる傾向があると、自分でも認めていた。


その一方で、思うようにならない環境への耐性もあった。


相反する気持ちが、落ち着かない心模様を描いて、すっきりしない日々が続いていた中で、自分の原点を思い出したことは、なんだか絡まった糸のほぐし口が見つかったような安堵感をもたらした。

 



秋から冬になるのはとても速い。


「屋内路上」が始まった翌月、「回遊魚」の楽曲が完成した。


福岡や博多へ行く機会も巡ってきた。


博多へ向かう道中、豊はそろそろ色づいてきた黄金色の稲田を見ながら、「俺、自分に期待しすぎてるんちゃうかな」とふと思った。


「今年はほんま、しんどい年やった…」そう思ったすぐあとに、その言葉が浮かんできたのだ。


真夜中の海辺で、マサシに声を褒められた時は、にわかに信じられなかった。


それからは…今思えば、いい波に乗ってここまで来た。


自分の歌を認めて、称賛してくれる人たちにも多く巡り合った。


なるだけ客観的に…と言い聞かせながらも、何度も聞かされるうちに、ひょっとしたら自分は才能に溢れているんじゃないか…と思いだした。


歌も含めて、それほど優れた人間でもないのに、人を評価したり、自分と比べたりしていたことにも気が付いた。


ギターの上手いミュージシャンを見ると、自分もああならなければ…と思った。


パフォーマンスの上手いミュージシャンに会うと、自分も習わなければ…と思った。


やめよう…俺、どっちにしても俺にできることしかできへんねんし…


豊の中からすーっと力が抜けていくのを、僕も感じた。

 



11月に入り、豊は未完成のままのCDに「回遊魚」を入れることを決めた。


2018年の年末はすぐにやってきた。


この頃になって、ようやくCDの完成が見えてきた。


ああ、やっと…


年が変われば、開けた道が見える…豊は、期待した。


これまで、何度も裏切られてきた期待だったが、性懲りもなくまた期待した。


そう、性懲りもなく…いや、豊が勝手に期待したことなのだから、それは叶えられなくても致し方のないことなのだ。


僕は、むしろ、そうやってまた期待を持てる豊に、愛しさと頼もしさを感じた。

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