ある日突然のドクターストップ!!

1 / 2 ページ

私は、楽しく働いていた。
期待もされて賞もいただいて
お取引先のみなさんとの信頼関係もあって
着々と結果を出し続けて
とてもやりがいのある恵まれた環境にいた。
 
そんな中での『ある日突然のドクターストップ!!』



名古屋じゃなくて東京なの?!

短大時代、就職活動をしていた私のもとに
当時大好きで使っていた化粧品メーカーの会社説明会の情報が届いた。
1次、2次と選考が通り最終面接。
グループセッションでは、輝く子ばかりに目がいって緊張と焦りが募る。。
ドキドキしながらラスト関門の個人面接。
頑張ってきた部活の話をしてたとき
面接官の表情が変わり流れを掴んだ気がした。 
「たぶん合格!!」
なんて思っていたら
まさかの本社勤務ww
 
愛知県で生まれ、当然のように名古屋支社希望をしていたけど
東京本社所属の推販部という
全国にある有力店さまを回って
本社企画ー支店ーお店さまが一丸となってプロジェクトを遂行する
という部署に配属された。
 
これで1番辛かったのは遠距離恋愛。笑
ぜんぜん恋愛体質でもない私にもそんな時代があったのであるw
 
20歳で上京して
寮生活だったけど
休日は新宿や池袋でショッピング。
 初めてのボーナスをいただいた頃
先輩と出掛けた銀座のBVLGARIで
30万越えの時計を現金一括で買ってる姿に
「すげぇー!かっこいいー!」と目を光らせ
仕事をする一つの目的にかっこよくお金を使うこと!がインプットされた。
 
本社勤務はそれなりにいろいろ大変で
新幹線や飛行機での移動が当たり前でホテル生活のお供はコンビニ弁当。
少しでも休みを有意義に使いたくて、お金を浮かしたくて
10時間のバス移動でむくんだ足にパンプスが入らない。驚
 
富士山合宿なんてものもあり
大声で叫んでみたり、富士山の頂上まで登ってみたり。
選ばれしものが集まった集団
なかなかのプレッシャーやらプライドやら
いろんなものをみて学んだ2年間だった。汗
 

 やっと終わる遠恋の先は、、

その後、名古屋支店に戻っても
本社からの移動ってことで心地悪い視線がしばらく続いたw
そこに追い討ちをかけるように
海外派遣人員代行という
本来なら本社や東京支社からいく仕事が
名古屋支店に回ってきた上に
新人にちょっと毛が生えたような私のところに話がきたw
『海外出張』 
そんなものが我が社にあるのか?というレベルな私。
海外にも行ったことありませんけどーとおどおどする私。
という状況ではあったけどきっとありがたい話とお受けした。
  
こんな経験も含めて、その時、その時は本当に必死。
東京では2・3日ごとに違うお店を回っていたけど
名古屋では、セクション店という一つのお店に毎日入って
売上を追いかけたり、お客さまやスタッフとの絆を作っていくという
東京での仕事とはまったく違う仕事
担当させてもらったお店が、支店No.1・2を競うお店で
知ってる顔のお客さんが来てくれるうれしさや
チームになって売上を作っていくおもしろさを
だんだん楽しめるようになっていった。
 
「仕事って楽しーーーーーい!!」
ってなってる矢先、、
 
妊娠発覚!!
確かに望んだよ。「結婚したい」って。
でもそれは東京にいたとき
逢えなくて寂しかったとき
「なんで今なのーーー?」って思う私がいたけど
優しい彼に生まない選択肢はなし。
あっという間に婚約・神前式・出産・育児休暇が終わり
名古屋支社初の育児休暇取得者となって復帰を果たした。
(今となっては当たり前の育休も1990年代はまだまだ少なかったのね)
 
しっかり会社復帰は果たしたものの
復帰先のお店さまはショッピングモールにお店を連ねる老舗 
2020年現在では愛知県の大きなショッピングモールでは、必ず見かける程。飲食店でいうならスガキヤ・コメダ珈琲店のような愛知を代表するお店と言っても過言じゃないお店。
「必ず未来のあるお店だから力を貸して欲しい」
と当時の営業に声をかけてもらって担当したお店だった。
  

『ある日突然のドクターストップ!!』

担当初年度は月売り200万いかない状況
そこからスタッフ指導・お客様の見直し&育成
強み弱みを見つけて対策練ったり店長と話たり
そんなこんながとてもおもしろくって
子どもは復帰と同時に保育園に入れ5年保育
送迎は旦那さまと妹にお願いし夕食やお風呂もぜんぶ妹にお願いし
私のお給料は保育料としてすべて消えていった。
そこまでしてでも仕事に戻りたかったし、戻った仕事はおもしろかった。
 
 そうやってエネルギーを注ぎ込んだお店は
翌年には400万、600万とものすごい勢いで伸びていった。
そして、、古巣の本社企画
3年で億ショップにするお店にエントリーするまでになった。
月売り200万に満たなかったお店が億ショップに挑戦する。
このことで本社で一緒に仕事した全国の仲間たちに再会する機会ももらって
チーフ昇格や全国表彰をいただいたりしながら仕事した。 
 
新人が入れば2人に1人は担当する状況
アナログから台帳管理が切り替わるタイミングで
夜な夜な事務仕事、休日出勤して事務仕事
今思えば、抱え込みすぎw
もっと人を信用して人に任せることができれば違ってたかもしれないし
マインドが弱くて逃げる口実?
達成まで微妙な厳しい状況になってきて
私自身が拒否って生み出した現実なのかもしれない現実w
 

著者の由起子 棚橋さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。