Vol.2 デュアルライフ【二十歳まで生きれないと言われた兄とわたしの物語】

前話: Vol.1 おすし【二十歳まで生きれないと言われた兄とわたしの物語】

わたしが生まれた後も、兄はしばらく東京の病院と茨城の自宅で入退院を繰り返していた。当時はそんな言葉もなかったが、今思えばデュアルライフの先駆けだ。誕生日、クリスマス、お正月、七五三など、家族写真はどれも幸せに溢れた様子に変わりないのだけれど、兄が写っていたりいなかったりする。


兄が病院にいる間は、母と石塚に住む母方の祖母が交代で付き添った。3歳になったわたしは、ひとつ上の姉と二人で父方のダンプじいちゃん家に預けられるか、家族ぐるみで仲の良い白田家にお世話になることもあった。石塚のおばあちゃんかダンプばあちゃんが、母の抜けた我が家に泊まりに来てくれることもあった。


父方の祖父母は、農家で大きなダンプを持っていた。四人いる従兄弟がみんなダンプじいちゃん、ダンプばあちゃんと呼ぶので、わたしも姉もそう呼んでいた。ダンプじいちゃんは、父の頭をツルツルにした感じで「はー、よう来たねー。」と父と同じくいつも笑顔でマイペースな人。ダンプばあちゃんは今でこそ歳をとって丸くなったけれど、元教師で当時は少し気難しい人だった。いつも温厚な石塚のおばあちゃんは母と一緒にいる時くらいの安心感があったけれど、どんなに優しくされてもダンプばあちゃんと一緒にいるのは少し落ち着かなかった。ダンプばあちゃんと母との確執がそう感じさせていたのかもしれない。「今度はともちゃん家に泊まりたい!」近所でわたしが一番仲の良かった友人宅への宿泊は、大人の事情で叶わなかった。子ども同士はいくら仲が良くても、母は親戚とほぼ親戚のような白田家以外、他人に迷惑をかけることを良しとしなかった。


いつでも第二、第三の母とも言える大人達に囲まれていたのは幸せなことだ。それでも、まだ幼かったわたしは、姉と大きな夕日に母の顔を浮かべた日もあった。ダンプばあちゃんが誤ってわたしの足に漬物石を落とすというまさかのハプニングも起こった。熱があるのに姉とはしゃぎすぎて第二の母である白田のおばちゃんに本気で怒られたあの日のことも、今では良い想い出。どこでも寝れる、どこでも生きていけるわたしの特性は、この時期に形成されたのだと思う。


父は当時30代でバリバリの仕事人間。わたし達もまだ未就学児で、平日はなかなか面倒を見る余裕はなかっただろう。ただ、わたしは覚えていないけれど、父が一度わたしの散髪をしてひどいことになったのだと、姉が昔を思い出して笑ったことがある。きっと慣れないなりに、父も精一杯わたし達の面倒をみてくれていたのだと思う。確かに、わたしの髪を結んでくれた父の姿はおぼろげに覚えているし、沢山の愛は感じていた。幼馴染みたちに言わせれば、父は昔からわたしにデレデレなのだ。わたしもそんなデレデレの愛情はまんざらでもなかった。父は深刻な話ができるとは思えない程いつもふざけていて、わたし達家族を笑わそうとする。



週末の楽しみは、父が運転する車で兄と母のいる病院に行くことだった。父は車が大好きで、愛車の塗装や修理まで自分でこなすし、長時間のドライブも気にしない。毎年夏と冬に仲の良い三家族で旅行する時も、父はどこまででも運転手を買って出る。


週末東京に向かう道中、父は決まって「寝てて良いよ。」と言うのだけれど、疲れた父がいつか居眠り運転をしないかと、子どもながらに心配していた。


「お父は眠くない?」首都高のオレンジライトに照らされた父の横顔を、後部座席からじっと監視した。少しでも疲れセンサーが察知すると、運転席の後ろから手を回して肩を揉んであげることもあった。父にしてみれば、大人しく寝ていてくれた方が楽だったかもしれない。今も夜の首都高を通る度、あの空気が蘇る。


時には、父と姉とわたしの3人で東京のホテルに泊まることもあった。ユニットバスの使い方を知らずにカーペットをびしょびしょにした事も、ふかふかのベッドで姉と飛び跳ねた記憶も鮮明に覚えている。ただ、近くにジェットコースターが見えたあのホテルがどこだったのかは思い出せない。


週末病院で母と再会すると、後部座席をフラットにした車内でひとときの家族団欒を楽しんだ。「お利口さんにしてた?」父がヘンチクリンに結んだわたしの髪を母が結い直している間、茨城で起こった他愛も無いことを報告する。兄は面会NGになっていることも度々あったが、院内の友達も沢山出来ていた。わたしは決まって母の肩揉みをした。当時のわたしが父と母に出来ることといえば、元気に肩を揉むことくらいなのだ。


東京と茨城のデュアルライフは、わたしが幼稚園に入る頃まで続いた。


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