「独りのまま人生を終えよう」と人を好きになることを諦めていた俺が30歳になって大切な人を見つけようと思えるようになった話①

これは、俺とその家族の止まった時間が動き出すまでの物語




初めまして!

荻野翔真(おぎのしょうま)といいます。

元々中学時代に精神病と診断され不登校児でしたが、

大学時代に学生団体の立ち上げやNGOでの活動、

卒業後、北欧の外資製薬に入社して、

お医者さんに薬剤の情報提供をする仕事をしていました。


配属エリアで営業No.1、チームで新薬の販売進捗率世界1位を達成後退社し、

ハリウッド関係者の下で演技をしたり、

酒を飲みながら稼げないかと思い、夜の世界で水商売等を経験して、


現在、心の勢力図を整える心理の専門家として、都内で活動しています。


パッと見、順風満帆に生きてきてそうと言われることが多いのですが、

逆境や葛藤が今までの人生でなかなかにございました、、( ^ω^ )w


僕が医療、心理、コミュニケーションの世界を仕事にしようと思った理由は、

母が重度の躁鬱病と診断されてきたことが、

大きく影響をしています。


人の相談に乗る仕事ではあるのですが、

僕自身が大きな悩みを抱えてきました。


それは、自分が恋愛をすることをずっと許せていなかったこと。


これはもともと自覚があった訳ではなく、

長年かけて自分に起きていたことを言語化しにいって分かったことです。


彼女と2人いてもどこか上の空で1人でいるような気分になってしまう。


可愛い子が相手でも身体が反応しないこともしばしば。


相手との距離が近づくほど、

自分の中の空虚さを目の当たりにして、むしろ孤独感を感じ、


自分の中に何が起きてるのかも分からないし、

人に伝えても共感されず、的外れな関わりをされたりで人に話すのも嫌になり、


なんなら、

恋愛しようとすると自分に殺意が湧くという謎の感情の動きもずっと付き纏い、


「自分は一体何なんだろう、、」

と思って生きてきました。


そして、こういったものがいろいろと積み重なると、

恋愛が楽しいものではなく、

むしろ不快だと感じてしまうことが多かったので、


恋にうつつを抜かすなどというとこからは、程遠い生き方をしてきました。


今回割と長編に渡るブログを書いたのですが、


心理の仕事をしてると様々な人のドラマに触れます。


その人が人前で一度も話したことのない話や、


ずっと言葉にできていなかった感情を一緒に言葉にしに行ったり、


まだ世に出ていないその人の人生から生み出されたドラマを一緒に描いていくという意味で、


ドラマよりもドラマチックだなと感じながら関わらせていただいてることも多いです。


今まで本人に許可が取れた範囲で、


Facebookやlineのタイムラインに関わらせていただいた方の

ドラマを文章にして投稿させてもらっていたのですが、


今回の文章は書き手である俺自身が登場人物になります。


皮肉にも最も受ける相談が多かったのも恋愛相談なのですが、


俺が自分ごとで恋愛で泣いたりしたことがないので、


恋愛相談をしている相手が涙を流してても、


「正直なんで泣いてるのかが自分の感覚では分からない、、」

と感じてきてしまったこともしばしば


ただ俺がその状態でも、

相談相手の結婚が決まっていったりなど相手の望む結果はどんどんでていく。


仕事冥利に尽きるのと同時に、

「人には幸せを薦め、自分には許可しないの?」という矛盾が増していく。


友達の結婚式等に誘われても、


おめでたいことなんだけど、


自分とは一生ご縁のない舞台を見せられているような気分になってしまう。


「他人の幸せだけ叶えて自分は独りのまま死ぬか、、」


という感情が、


どれだけ誰かと出会ってもずっと消えませんでした。


今回の話は、


そんな背景を持つ30歳の男が、


自分の中に渦巻いていた様々な心理的障壁を家族と自分と向き合うことで乗り越えて、


諦めそうになるものを諦めずに、


恋愛をしようとまっすぐ望めるようになるまでの過程を描きたいと思います。


→続く


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