高卒サービス業出身の人間がWEB系プログラマで独立するまで【フリーター編(1)】

前編: 高卒サービス業出身の人間がWEB系プログラマで独立するまで【幼少期~学生期(2)】
後編: 高卒サービス業出身の人間がWEB系プログラマで独立するまで【フリーター編(2)】

若いって凄い

なんちゃって大学受験に失敗し、働くと言う行為への傾倒はどんどんエスカレートしました。

(当時はそれでも同級生と図書館とか行って勉強らしい事は一応やってました。でも、今思い返すと甘かったなと・・・)


高校時代にお世話になったバイト先にしばらく通っていたのですが、特殊な業態で繁忙期の落差が激しく、満足いくシフトを入れてもらえず、ある日を境に辞めました。


それからまず、【深夜のカラオケ】でバイトを始めました。

まぁ、時給もよく不登校時の不摂生も手伝って基本夜型になった自分には丁度良かったです。


当時、月30万円稼ぐ事を目標にしていたのですが、そのバイトだけでは足らなかったので、午後から【別のバイト】でバイトを始めました。これは期間限定系の飲食業です。

何で、30万円を目指していたのかは定かではないですが、たぶんそれぐらいが一端の大人が稼ぐ額だと認識していたのかもしれません。


午後バイトが終わったらそのまま電車に乗って深夜のカラオケへ。

朝が来て、家まで帰るんですけど大体戻りが、10時~12時とかになってたんで、

風呂だけ入って仮眠してまたバイト、段々それが連続すると肉体的にきつくなってきて、

駅の待合室で寝て、家で風呂だけ入ってまたバイト行って、カラオケバイト行って、待合室で寝て。。。。。こんな生活を数ヶ月続けました。まぁ、ぶっちゃけ今だと無理ですね。


当時は将来への不安等もまったくなく、バイト先の仲間と遊んだりとかして比較的楽しい時期を過ごしていたと思います。



無理って言われて捨てられた日

そんな生活が、高校卒業して秋頃まで続いていたと思うのですが、いきなり状況が一変しました。


当時、父は単身赴任をしていて、自分は母と弟と暮らしていたのですが、どうやら父の仕事がそこそこ軌道に乗ったらしく。。。自分も含めその父の赴任先へ引っ越すと言う話になったのです。

当時そんな事になるなんてまったく考えておらず、貯金なんてろくにしていませんでした。

実家ありきの生活だったのです。しかも引越し先は、誰も知っている人のいない他県・・・。


猛烈に反発しました。実際には、高校2年時に一度そのような打診を受けていたのですが、とにかく行きたくなかったですし、今更高校を変わるとか考えられなかったので、卒業まではこちらで生活させてくれと説得して、一度決着していたと勘違いしていました。

秋口までまったくそんな話もなかったので、完全に油断していた時のことでした。


とにかく無理だと言い切って、勝手に母方の祖父母に相談してやっかいになる事になりました。祖父母は、通っていた高校の近くに住んでいたので、部活中とかによく寄って、お金がないので晩御飯とか食べさせてもらってました。

家の状況は百も承知で、かなり説得してやっかいになる事になりました。


それからは、またバイト三昧の日々。

働いちゃ遊んで、何も考えずに同じ生活を繰り返していました。

それが、祖父母への負担になっているなんて当時言われるまでまったく考えていませんでした。




祖父
父親のところに行こう。一緒に行ってあげるから。俺も用事あるし。
自分
え?なんで?行く必要ないじゃん。向こうは向こうで宜しくやってんだし。
祖父
いや、本当に悪いがお前とはこれ以上一緒に生活できないよ。だから、父親ともう一度話し合って、実家に帰ってくれ。


上記のような会話だったです。頭の中は、????????????って状態で、正直かなりあせりました。

よくよく理由を聞くと、納得するしかなかったです。

当時の自分の生活は、とにかくバイト終わってもまっすぐ帰るような事はなく帰るとしても深夜。特に祖母がですが、やはり帰ってくるまで気になって寝られない等の事があったようです。晩御飯作っててもいつ帰ってくるかわかんない。。でも待ってる。
そんな祖母の姿を見るのが、祖父はつらかったらしいですし、実際祖父自身もきついと言われました。

『見捨てられた』

今考えれば、そんな事は当たり前で19時~20時あたりに就寝して朝の3時~4時に起床するようなご老人と生活リズムが合うわけがありません。しかも20歳に近くなっても孫は孫。夜中終電まで連日帰ってこなければそりゃ心配もしますわな。
でも当時の自分は、若干人間不信的な中二病的な悲劇のヒロイン的な思考も相まって、完全に『最後の味方だと思っていた祖父母に捨てられた』と言う痛い思考に陥ってしまいました。

ぶっちゃけ、祖父母の家には数週間しかご厄介になれませんでした。どんだけ負担掛けてたんだと。。


こうして、祖父に説得されて父親と再度話し合う為に実家?へと祖父と赴きました。
大嫌いだった父と話をしに。

これがまた最悪で、この後しばらく根無し草みたいな生活の原因になるのですが。。。

続きのストーリーはこちら!

高卒サービス業出身の人間がWEB系プログラマで独立するまで【フリーター編(2)】

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