ヘタレ貧乏、起業する 第3話:負幸運。

前編: ヘタレ貧乏、起業する 第2話:夢の始まり。
後編: ヘタレ貧乏、起業する 第4話:束縛契約書
「運」というものを信じられるだろうか?
運というものは確かに存在する。
ただしそれは、見えない力を言葉として認識するための便宜上の呼び名でしかない。
運という言葉に翻弄されると、僕のような失敗をしてしまうかもしれないよ。

ヘタレ貧乏、起業する 第3話:負幸運。

そして1999年12月24日、東京は葛飾区、こち亀で有名な亀有駅前のイトーヨーカドーが閉まった後、人生ではじめての路上ライブを開始した。移動する電車の中からめちゃめちゃに緊張していたのを覚えてる。ギターケースを開き、チューニングも終わり、楽譜も開いた。
でもそれから30分~1時間くらいは演奏をはじめられなかった記憶がある。そりゃそうだ。これまで小学校の卒業式でしか人前に立ったことのない人間がいきなり見知らぬ人の前で、しかも歌を歌うなんて恥ずかしすぎるじゃないか。若かりし僕も、相方のクニも本当にヘタレなシャイボーイだったのである。
そんなこんなしている内にクニの方から「行こう、やっちまおう。」という言葉が漏れた。
なんだかそれで勇気が出た。僕も「うし、やっちまおう!」と言った。
それから1曲、2曲、3曲と演奏している内に、どんどん人が集まりだした。

ビギナーズラックというやつだろう。気づけば周りは数十人の人だかりができ、ゆずのチャリティー募金箱にもどんどんお金を入れていってくれるではないか!完全に気持ちよくなり、覚えた曲をすべて演奏し終わる頃には朝になっていた。真冬の極寒の中、8時間以上歌い続けられたのはあまりの興奮に脳内麻薬が出まくっていたからかもしれない。
二人は思った。「この人気ぶり、俺らはプロになれる!そうだ、才能の塊なんだ!」と。
今思えば若さ故のイタイ勘違いである。しかし若いからこそ、そのたった一度が僕らに疑う余地もないほどの自信をつけさせてしまった。勘違い野郎二人は、毎週土曜、20時から亀有で定期的に路上ライブをすることになる。でも、もしかしたらこういう時が一番幸せなのかもしれない。猜疑心ももたず、ただ純粋に自分の夢を信じられるのは、素敵なことだ。
世の中の人間はここで二つのタイプに分けられるんだろう。
その上で、自身の能力の向上に努め、行動する者。
その上で、深く考えることなくただ行動するだけの者。
僕は完全に後者だった。パチンコを初めてやった人間が運よく勝ってしまい、それからギャンブル地獄に陥り、どんどんマイナスに堕ちていくように、ただこのまま活動を続けていきさえすれば、プロになれるんだと。すでに自分にはそれだけの実力が備わっていると思い込んでしまったからだ。
「運」というのは恐ろしいものだ。運も実力の内なんて誰が言ったんだ。
なぜその本当の意味を正しく広めてくれなかったんだ。
なんて、本当に怖いのは自分自身の思い込みなんだけれど。
今だから言えることだが、残念ながら運は実力のないものにも時折「幸」をもたらす。そして実力のある者に必ずしも訪れるものでもない。運は運でしかないのだ。知識+経験+行動+たゆまぬ研鑽+鋼の精神+正しい戦略・戦術。これらがそろってはじめて運を掴み続けることができる。どれか一つが欠けただけでもダメなのだ。
その当時の僕は少しの行動と少しの努力しか持ち合わせていなかった。
それから数年後に気づくことになるが、この要素を持たざる者に来る幸運は不幸でしかない。宝くじに当選した人間の多くが自己破産などの転落人生を歩んでいるという話しからも解るように、幸運を幸運のままに維持するための知恵と経験が必要ということなんだろう。
僕はこれを「負幸運」と名づけた。
幸運に負けてしまうこと。幸運を負債に変えてしまうこと。それにまだ気づけない僕は、その後もラッキーな顔をした貧乏神にしばらく取り付かれることになる。
つづく。

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ヘタレ貧乏、起業する 第4話:束縛契約書

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