第1回 ジョーと僕との上海生活。

前話: 第7回 日本の会社辞めて中国上海で働くまでの経緯。 【完】
次話: 第2回 ジョーと僕との上海生活。

※先に【日本の会社辞めて中国上海で働くまでの経緯】を読んでいただけるとわかりやすいです。

ジョーとの出会いは大学のサークルだった。
ジョーは僕より1つ学年が上。
でも僕は大学入学までに2浪しているので、僕の方がジョーよりも年齢は1つ上。
といった先輩後輩よくわからない関係。
ただ基本的には、学年にしたがって、ジョーが先輩。僕が後輩。

2人は大学のサークル、英語研究会で出会った。
英語が得意かというとジョーはともかくとして、僕は名前だけ。
そもそも人見知りだし、英語研究会にもたまたま誘われて入っただけだった。
以前にも書いたけど、僕は大学1年生の時、人生初めての海外旅行の行き先を北京にしたぐらい、むしろ英語には劣等感さえもっていた。
サークルの部室には毎日顔を出すけど、先輩たちや仲間と会うためにいくだけ。
日本の一般的な大学サークル活動レベル。。いやそれ以下だったかもしれない。

大学生活では僕は毎日アルバイトで料理を作ることに熱中していた。
大学生活において、とにかく何でも良いから1つ熱中できたやつは優秀なのだという、
よくわからない信念を僕は持っていた。
だから2浪して親にも迷惑をかけていた僕は、仕送りをもらえるような立場でもなく、
アルバイトをせざるを得なかった。
まかないでご飯も食べれるしという安易な気持ちで入ったキッチンのアルバイト。
このアルバイトがマニュアル的な場ではなく、非常に厳しいキッチンだった。
そういう環境だったからこそ熱中した。
そして、僕は大学生活はとにかくキッチンでの仕事を頑張ろうと決めた。
そのため、アルバイト当初から、頑張っていたという対外的な証明をするためにも、
調理師免許を取るという目標を持って頑張り続けた。
結果調理師免許も取得できた。そしてそれ以上に社会勉強、人生勉強ができた。

そういう環境だったので、
今考えれば非常に生意気だったけど、
周りの人がどのような志をもって大学生活を送っているのか入学当初から関心を持っていた。

歓迎コンパでたまたま僕はジョーの横に座った。
これが僕とジョー出会いだった。
2浪している僕は素直じゃなかったと思う。
大学生活で遊んでるような人たちが多いんだろうなと思っていた。

年下の先輩。
ジョーは僕にいろいろと話しかけてくれた。
その時のジョーへの印象は、【なんか年下なのに考え方がしっかりしてるな。志が高いな。】
そんな印象を持った僕は、ジョーに対して勝手にライバル意識を持ちベンチマークするようになった。
ジョーは最も厳しいと言われるゼミにも入っていた。
僕はとにかくキッチンという場でとことん働いて社会勉強しようと思いゼミにさえ入らなかった。
2浪しているせいか、もともとの性格的な問題だろか、素直じゃない僕。。
ジョーの卒業。
内定を取るまでの話を聞くだけでも、さすがだなこの人はと思った。
最終入社先もさすがジョーだなと思った。
とは言え、僕は勝手にライバル意識を持っていた当時は今のようになんでも話し合うような関係ではなく、
たまにサークルの部室に来るジョーの話を聞いて一方的に負けたくないなと勝手に思っていた関係でしかなかった。
だから今の僕とジョーの関係を、当時のサークルのメンバーが聞くと非常に違和感があるらしい。
【そんなに仲良かった?】
人生はどのように関係が深まっていくかはわからないものなのだ。
僕が上海で働くようになったきっかけは間違いなくジョーによるものだった。
2010年9月、
ジョーが上海で働くことになったから、最後に飲み会するらしいよと仲間から連絡があった。
仕事忙しいし、ちょっとめんどくさいなと思った。
今考えると、この飲み会に参加してなかったら今の自分とは違う人生を歩んでいたかもしれない。
飲み会に参加した。




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