2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その3 〜ナルトが無いならやんないよ。

前話: 2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その2 〜愛とはなんの関係も無い。

2万4千年の恐怖と、45億年の悲しみ その3 〜ナルトが無いならやんないよ。


土曜日。晴れ。 

東北道は渋滞もなく快調に流れていたが、 常磐自動車道は震災の影響で、常磐富岡ICで通行止めになっていた。 
そこからは一般道を行く。道路には、時々修復を行ったような痕跡がある。 

ずっと何も無い山道が続いてたのに、 南相馬市に入った途端に大きな公共施設がバンバン建っている。 
この街は原発で潤ったのだろう。 
のどかな春の土曜日だったはずだが、街は閑散としていた。 
マクドナルドが閉鎖されてたり、みんながマスクを付けていたり、何だか奇妙な雰囲気だった。 

避難所になっている南相馬市立原町第二中学校に着いたのは午前九時頃。 
重大事故を起こした福島第一原発から、25km の地点にある。 
僕は友人Nの警告に従い、目深に帽子を被り、眼鏡を掛け、マスクを付けて長袖を着た。 
中にはTシャツ一枚で、マスクも付けていない人も居た。 
被災者でもボランティアでも、その放射能に対する意識には濃淡があるようだ。 

車から荷物を運び出して、準備を開始する。 
LPガスの巨大なコンロにゴトクと風防を被せる。 
窯に大量の湯を沸かす。 
油とスープを温める。 
葱とチャーシューを切り、メンマをバットに開ける。 

今日のラーメンは豚肉と煮干しのスープだ。 
お年寄りが多いので、豚骨ではなく豚肉を使い、魚の出汁になっている。 
しかし、一番外せないポイントは「ナルト」のようだった。 
渦を巻いているナルトを見ると、日本人は安心するんだ、とラーメン隊のリーダーは請け合った。
「スープはカチョーでも何でもいいが、ナルトが無いならやんないよ」

「ナルト」、「海苔」、「僕」の3つには共通点がある。 
それは裏表があるということだ。 
「ナルト」は「の」の字になってる方、「海苔」と「僕」はピカピカ光ってる方が表だ。 


昼が近付き、とうとう窯に麺が投入された。 
今日の麺の茹で時間は三分。お年寄りの為に柔らかめ。 
一度に四杯分の麺しか茹でられないので、四人前ずつ提供されていった。 

「カップラーメンは飽きるほど食べたけど、本物のラーメンは震災後はじめて!」 
と目を輝かせていた人が何人も居た。 
毎日おにぎりや弁当ばかりでは、気分も腐ってくるだろう。 

被災者の中に、南相馬市の市議会議員だという女性が居た。 
自らの家も原発から 25km の地点にあり、この中学校に避難してきているらしい。 
「一番困っていることは何ですか?」と尋ねたら、こんな返事が返ってきた。
「遺体を捜しに行けないことですね」
すぐには意味が分からなくて、頭の中で何度かその答えを繰り返した。 

一番、困って、いることは、遺体を、捜しに、行けないこと。 

僕も決して短くはない人生を送ってきたけれど、 今まで誰かの遺体を捜しに行けなくて困ったという経験は無い。 
捜しに行こうと思ったことさえ無い。 
果してこの先、そんなことがあるのかも分からない。 
ここに居る人たちは、僕の知らない困難、想像も及ばない苦悩を抱えているのだ。 

一番、困って、いることは、遺体を、捜しに、行けないこと。 

同じ女性に重ねて訊いた。 
「20km圏内には入っていないとは言え、ここに居るのも不安ではないですか?」 
今度は、「でもここは、距離の割に放射線量は低いんですよ」と返ってきた。 

風の具合なのか何なのか、確かに南相馬市の放射線量は、原発からもっと離れたいわき市よりも低い。 
だが、なぜいわき市より低ければ安心なのだ? 

農民たちを安心させる為に、「穢多・非人」の身分が作られていたことを想起した。 
あるいは日本が沖縄を差別し、沖縄が奄美や宮古を差別するという構図。 
まるで自らを納得させるように言っていたのが印象的だった。 

でも、ここは、距離の割に、放射線量は、低いんですよ。 

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