今のわたしは28才社長みならい。高校時代は・・・

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後編: 今のわたしは28才社長みならい。大学時代は社会人みならい。

「自分を信じる」と書いて「自信」とするのなら
高校生のわたしは、あらゆる面において「自信」のかけらもなかった。

親の進めるまま、中学受験をし。これまた親の期待にこたえるべく進学校へ入学。
中学での勉強は、むしろ楽しく。ただただ勉強をして入った高校は
わたしの中でいつの間にか「ゴール」になっていて、
そこに入学してしまった私は、目標や本来のゴールも見失ってしまっていた。
(と思う・・・なんせ10年も前のお話だ)

周りはそれはもう、各校区でトップクラスの人たちが集まる学校だったこともあり
お察しの通り、わたしはぐれた(笑)
授業中は眠り。部活は辞め。テストでは0点もとり。
記入用紙を窓から紙飛行機にしてとばす始末。
髪の毛もものすごく明るかったし、制服の下にジャージなんてはいたりして
耳はピアスだらけだった。

今もし当時の同級生や担任に会う機会があったら、
是非謝りたいくらいちゃんとしていなかった。

そんな私の「堕落への一方通行」の将来に、ストップをかけたのは親だった。
見かねた両親は、なんと島国ジャパンから、娘を大陸(アメリカ)流しにした。
(つまり半強制的に留学に行かされたわけ)

当時のわたしの気持ちとしてはこうだ。
「ラッキー♥親と一緒にいなくていいし学校いかなくていいじゃん♥」

補足しておくと、わたしの父親は、絵に描いたような体育会系で。
それはもう、当時の私の友達もビビっちゃうくらいの怖い父親だった。
だから、その呪縛から逃れられる留学、というのは、当時の私からすると
「釈放」「自由への飛躍」といった輝かしい言葉で表現された。

ただ。留学は当時のわたしが思うほど甘いものではなかった。
わたしがとばされた地区は、差別もまだ残っていたし。
どちらかというとクローズドなコミュニティだった。
黒人も学年に2人。日本人も1人。アジア系っていっても4、5人。
そんな中で、当時ヤンキーといわれる部類に所属していたらしい私は
ちっともコミュニティになじめなかったりした。

最終的には素敵な仲間ができ、日本に帰国しないための
無駄な努力もしてみたのだけど、このお話はまたの機会にお話しようと思う。

みんなの読んで良かった!