異国の国ではじめての友達はくまさんだった。
冷たい色した、冷たい素材に
ぎゅっと離さまい、として両手を絡めた。
あの空間を思い出すと、
なんて無機質な場所だったのだろう、と今の私は思うけれど、
同時の私にとっては、
ぐるぐる回るカラフルなスーツケースたちが、
自分のこれからを魅せてくれているようだった。
興奮していたのか?
それとも希望に満ちていたのかは、今の私には分からない。
それでも確かに、あのときは私にとって
忘れられない人生の転機でもある一日だったのだろう。
場所は空港の荷物待つロビーで
わたしははじめて訪れる国の言語に耳をかたむけながら、
くるくる回る色とりどりのスーツケースたちを目で追っていた。
横には祖母がいた。
そして、わたしはずっと、
荷物をのせるスチールの冷たい銀色の乗り物に
アスレチックで遊ぶかのよう、一人乗っていた。
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その後のことは、あまり覚えていない。
覚えているのは、両手にしみついた空港での冷たい感触と、
くるくる回るスーツケースたち。
そして、その後に囲まれた
見たことも無い格好をした大人たちに渡された
一人のくまの人形だけ。
大きなうさぎの人形ももらったのだけど、
あの時の私にとっては、抱きつくものよりも
手の上で遊べて、ずっと一緒に移動してくれる友達のほうが必要だったから。
そうやって、はじまった日本での暮らし。
何も知らない、というのは最強の状態である。
なんど、あの頃の「無知さ」に戻りたいと思うことか。
無知であることは時として痛みを味わうけれど、
あの頃のわたしの「無知さ」というのは完全に誰もを魅了する
「無邪気さ」に変換されていたのだ。
ちょっと大人になってしまえば、
私たちはたちまち「無知さ」を隠し通そうがゆえに
人に「不自然さ」が伝わってしまう。
でも、
たった6歳でやってきた異国の国、日本での生活。
わたしを唯一救ってくれたのは、
この時の「無知さ」だったのかもしれない、と
今では強く思う。
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目の前にいるおじさんと、おばさんは、
「お母さん、お父さん」みたいだ。
今でこそ、その衝撃的な体験を話のネタにするまでに至った。
でも、あの時のわたしにとって、あの感触は
今でも忘れがたい一つの思い出。
1歳に満たないほどで父と離れ、2歳に満たず母と離れ。
「お父さん、お母さん」たる存在が
どこかにいるのは分かっていたけれど、
近くにいるのはどうも、他の子どもとは違う「年代」の父と母だ。
いくら子どもだからといって、
祖母と祖父のことを「父、母」と思うことは出来ないだろう。
だから、私の中には自然と「父、母」という人物は、全く「体験」を元に存在していなかった。
確かに、大切な存在ではあった。
でも、概念として知っていただけで
どれほど大切にされ、どれほど大切にしたいか、なんて、
おそらく一度も経験した覚えがないうちに。
「このおじさんと、このおばさんが、
お父さんと、お母さんなんだね」
そう思った強烈なインパクトだけが、
まずは私の中に残った。
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ちょっとだけ音が漏れる個室空間。
そこは、私だけの秘密基地。
大人たちが遊んでいる横でわたしもひっそり遊んでいた。
バレてはいけなかった。バレないことが、その「遊び場」のルールだった。
知らない番号を入力して、流れる知らない言葉の音楽に任せて腕や腰をフル。
誰も観客がいない、わたしだけのオンステージ。
普通、小学校の頃の思い出なんて、
友達との交流とか、運動会とか、みんなで行く遠足とかだろう。
でも、私にとって、一番の思い出は、
母が務めていたカラオケボックスの中での時間だった。
誰にも邪魔されない。完全なる「わたしの時間」
そこには、寂しさも、孤独も無かった。
孤独というものは、
触れ合いを知ってから訪れる空虚感だとすれば
その頃のわたしは、「触れ合い」にすら
心が開かれることがなかったのだと思う。
完璧で、完全なる空間だった。
母は、毎日学校とカラオケボックスを往復し
土日になると、わたしは学童か、
母のカラオケボックスに一緒についていった。
もちろん、他の人にはいえない秘密。
たまに一緒に遊んでくれるお姉ちゃんたちもいたけれど、
私は基本的に、カラオケボックスの一室に入り、
そこでこそっと一人の時間を過ごしていた。
長い時は、10時間。
ずっといても飽きなかった。
本当はというと、
あそこの場所が、わたしの原点ではないか、と思う。
そして、「さみしさ」や「こどく」を知らなかったあの頃の私は、
やはり「無邪気な無知さ」と平行して、
人を魅了する強い武器を持っていたのだろう。
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