大学時代TOEIC300点台だった自分が金髪美女と付き合いたくて英語を学び始め、結果ロンドンで仕事できるレベルに至ったそのプロセス1

後編: 大学時代TOEIC300点台だった自分が金髪美女と付き合いたくて英語を学び始め、結果ロンドンで仕事できるレベルに至ったそのプロセス2
英語を勉強しているという人で英語が話せるようになったという話は稀である。なぜなら理由は2点ある。まず第1に英語はコミュニケーションツールであるということである。つまり、聞いて話すことが基本にあり、実践的なコミュニケーションをどれだけこなすかが上達の鍵である。その意味で言うと机の上で学べるものはかなりの度合い限られているので、英語を勉強する対象にしてしまった時点で不幸の始まりである。

第2に、英語が上達する人の共通点はその先を見据えている点である。それは海外で働きたい、途上国のNPO事業に携わりたい、あるいは海外の女性/男性と付き合いたいというものである。英語は一朝一夕で上達するものではないので、明確な目標設定がなされていない場合、道半ばで挫折してしまうケースが多いように感じる。

基本的に英語を勉強する必要がある人は限られていると思っていて、海外の大学院に行きたい人が学問的なトピックをより深いレベルで理解し、欧米人と議論できるレベルに到達する必要がある人だけだと思っている。それ以外の人が日常使う単語を覚えるために、あるいはTOEICのために机に向かうのは全くナンセンスである。

逆説的ではあるが、海外の人とコミュニケーションをとれるレベルに達すれば結果的に必要な単語は自然と身に付き、TOEICの点数は上がり、海外でビジネスを行えるレベルには自然と達するはずである。

ではどうすれば英語でコミュニケーションをとれるようになるのか?
私は海外で彼女を作ることが一番の近道だと思っている。ここからが、私の経験談である。

私は高校を卒業していないので、大学1年当時の英語レベルは英語教育のレベルが低い日本の中でも底辺に位置していたと思う。つまり、海外に出たら赤子レベルである。
実際に大学入学時に受けたTOEICは300点台であったと記憶している。

その英語レベルのまま時が経った、大学4年の4月だった。
某企業から内定をもらい、大学の単位も4単位残すのみであったため教授に頼みテストを受けずレポートのみで単位をもらえるよう交渉。結果、1年間のフリーな時間ができた。加えて、事前に奨学金を申請しており、自由に使える資金を120万円用意していた。

ただ、肝心の何をするかが決まっていなかった。この120万円、日本で1年に渡って使うにはあまりに心もとない。どうしようか迷ったその当時考えたのが、小さい頃の自分であればどうしていたか?ということである。周囲の期待、世間体、失敗時のリスク等により自分の想いに素直になれない、そもそもそんな想いさえ見失っている今に比べ、小さい頃は周囲の目など気にせず自分がやりたいことに対して素直にであったと思っている。自分によってより有意義な時を過ごすため、この自由に使える時間・資金を過去の自分に委ねてみようと考えた。

この時、ふっと頭をよぎったのは中学生の頃のある思い出である。
私は映画チャーリーズ・エンジェルを見て、キャメロン・ディアスの圧倒的美しさに圧倒され、将来は必ず金髪白人の美女と付き合いたいと思い周囲に公言していた。しかし、周囲の反応は否定的であり、日本人のお前が白人と付き合うのは無理だという意見が多数であった。
やってもいないことを無理だと決めつける友人につまらなさを感じたのを鮮明に覚えている。まだ日本で白人と付き合うことが珍しい時代であればなぜ自分がそれを達成しようと思わないのか?誰もやったことないこと(正確には誰も、ではないが)ができるチャンスなのに、なんてもったいないやつらだ。と周囲とのギャップを強く感じていた。

これだ、と。大学当時、いまだ女性にモテたい気持ちは変わらず揺るぎないものとして私の行動規範に強く反映されていた。海外に行って金髪美女と付き合うことを一年後のゴールに据えてこの資金を使う、なんてすばらしいアイディアだと迷わず即決した。

ただ、さすがに自分と世界とのレベル差は感じていた。自分にはできるという自信はあったが、段階を踏まなければいけないと気づくのにそう時間はかからなかった。そこでまずアジアを攻め、感覚を掴んでから金髪白人にアプローチしようと考えた。

そこで、候補に上がったのがフィリピンである。親日国であり、母国語が英語ではないが韓国人が英語留学に訪れる程英語レベルが高い国である。物価が安く、資金が限られている私にとってはこれ以上ない環境であった。

迷わず、ここに決めた。ここで3か月現地の英語学校に通いながら現地のトップフィリピーノを射とめようと考えた。その後欧米に向かい金髪白人をゲット、という算段である。

そう決めた一週間後、私はフィリピンの地方都市バギオに向かっていた。

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