僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その8

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前編: 僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その7
※随分と間が空いてしまいました。

 あと少しで旅も終わりです。あと少しだけ、お付き合いください。



母との1か月のアデレード生活

母が、僕の居る病室へはいってくるなり、僕を見て泣いた


あんたのそれは、なんね~(涙)
「は?なにがね・・・。」
痩せこけて、鬼のごたる顔ばしてから・・(涙)
・・・・・・・・・・・。
僕がオーストラリアに来た時には、98キロ程もあった体重がこの日には、69キロ位まで落ちていたし、僕の顔には一片の穏やかさもなかったと、あとから母は言っていた。
確かに、状況から無意識に気を張っていたのだろう。
目つきも凄く悪かったようであった。


良くしてくれた看護婦さんはじめ、色々な方にご挨拶をし病院を退院することになったのだが、母があわてたようにして背負ったリュックを下ろし中から何かを取りだした。
羊羹である。」

たくさんの羊羹を、お世話になったお礼にと、日本流のスタイルで看護婦さん達に日本語全開でくばっていた母。

母は、バック1つ持ってきておりほとんどの荷物が羊羹であり、着替えは2組位の下着類だけであった。



母と、アデレードでお世話をしてくださるようになったアデレードの日本人学校の理事の方と病院を後にし、静養のためのアパートへ。


そう、
退院は出来たのだが、肺気胸した為、飛行機に乗れるまでの肺の戻りには至っておらず経過をみて判断される為であった



これからは母との1ヶ月間の生活が始まった。



◎ 毎日の散歩からのリハビリ

生活をする場は、用意して頂いたアパートメントホテル。
料理の必要があったので、リハビリがてら毎日数時間、母と町を歩いた。

まず歩く事がきつかった。すぐに息切れがして歩けなくなるのである。

休み休みあるいては、毎日少しずつ距離を伸ばし色々な所へと繰り出した。


又、丁度日本は夏休みの時期であり、熊本にある新聞社「熊本日日新聞」の交換留学生達が訪豪していたので、お世話をしてくださる方が段取りして下さり、バスでのドライブなんかに一緒に出かける事もあった。

非常に楽しかったですね~。



みんなの読んで良かった!