僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その7

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後編: 僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その8
搬送されたのは、ロイヤルアデレードホスピタルでした。



命は助かったわけで・・・・


目が覚めた。生きている事を実感できたのが嬉しかった。


しかし、鼻と尿道へのカテーテル、刺され左脇には、水を抜くためのチューブが入っており、非常に苦痛であった。(それでも、苦痛を感じれる事がありがたい事でもあったんだよね)


ICUには、二日ほどいたらしい。

しかし、状況が大変なことになっているようであった。


病院へ運ばれた際、身分証や保険の確認をされていたようで、保険の会社から実家へ入院している事の連絡が行っていた。それで、熊本の実家では、大変な騒ぎになっていた。


こういちろうの、入院してるてよ!
と言う情報だけが先に行き、状況が分からない親は気が気でなかったろう。

鼻からのカテーテルが外れた2日目に、病院から日本へ連絡するようにと言われ実家へと電話をした。

どう言っていいかも考えつかず、ダイアルを押す手が震えた。



「プルルルルルルルル・・・・・・・・・・」


「はい、ヒエジマです。」
あ~俺ですけど・・・・・
なんね!?コウイチロウね!?どぎゃんしたとね!!
いや~、あのたい・・・・・それがね・・・
分かるごつしっかり言わんね!!!!!
という流れで説明をし、母は酒場で喧嘩をして刺されたと思っていたらしく、事態が結構ひどかった事に更に驚いていた。

熊日新聞にも、載ったとよ!!詳しくも分からんとに!!心配させてから!!!!用意の出来たら、行くけん!!まっときなっせ!!!
といい、電話を切った。



電話の向こうでなく震え声でなく母の声を改めて聞き、自分のした事の重大さが身にしみた。
看護師が電話の後に、「大丈夫か?」と尋ねてきたが、僕は強がっていたのだろう。


平静をよそおった。



3日目に、二人部屋に移された僕は、母から念を押されたじいちゃんへの連絡と、自分のバンドのギタリストへとりあえず連絡を入れた。


じいちゃんは、「生きとるならよかたい!!」と言って電話を切った。



ギターの友人に電話をした時は、最初に電話を取った友人の母さんがあわてて友人を呼びに行き、なんというかなと一言めを考えていると、先に友人がこういった。


ギタリストの友人
お~~!!ヒエ~~!派手にやられたね!!ばってん、刺されちゃいかんばい!!

思わず僕は、笑ってしまった。少し緊張がほぐれた感じであった。



みんなの読んで良かった!