フツーの主婦が一大奮起してマレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話4(1浪終了後)

1 / 4 ページ

前編: フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話 その3(帰国後)
後編: フツーの主婦が一台奮起して、マレーシアのジョホールバルに移住 ー今の私を作ってくれたもの
花岡めうみの今までの人生を
時代別に何回かに分けて書いています。
今まで書いた記事はコチラ↓↓↓
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

▼1浪生活が終わり、4月から大学生活がスタート

ある4月の末。
携帯電話が鳴った。

浪人時代の塾が一緒だった友達から。
彼女は全く海外経験がないのだが、
同じく、どうしても上智の比較文化学部に行きたいと、
私が1浪していたとき彼女はすでに2浪。
彼女も私と同じく、
不合格だった。

一応、私は浪人生活にピリオドをうったが、
彼女は諦めきれず
3浪目に突入していた。
電話がかかってきたのは、
1997年の4月末。
私は1浪し、上智には合格できず
滑り止めで受けた大学での生活がスタートして
1ヶ月が経とうとしていた時だった。

〜電話〜


友達)元気?久しぶり!大学どう??
めうみ
久しぶり。元気だけど、正直、学校はつまんないよ。物足りないというか、なんか大学にカラーがなく、みんな元気ない感じ・・・。まぁ一言で言うと自分には合わないね(笑)。
友達)そっかぁ。ねぇ、一緒にもう一回、上智、チャレンジしてみない??
めうみ
えっ?マジで??もう一回? うーん、もうあんなに辛い浪人生活はなぁ・・・。孤独だったし。
友達)私たち今回不合格だったのは、ほんとに後一歩というところだったでしょ。それでね、最後の追い上げをしてくれる塾を見つけたの。一緒に行って、最後頑張ってみない?
めうみ
うーん、どうしようかなぁ。
迷っている私に
彼女が話を続ける。

みんなの読んで良かった!