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13/12/6

日本語が通じないド田舎で生まれた猿が、気がついたら東京でニートになっていた話 その3

Image by Olia Gozha


―本当に全て捨てたなぁ

公園で煙草を吸いながら男は思った。

権力もお金もあって優しい親を、お金も時間もある仕事を、尽くしてくれる嫁と可愛い子どもを。


男は久しぶりに一人で過ごす時間に、清々しささえ覚えていた。

明後日には嫁がこっちに来る。狭いワンルームだけど、きっと一緒に頑張ってくれるのだろうし、尽くしてくれるのだろう。女性というのは本当に強い。

ちゃんとした仕事が見つかったら。子どもも連れてこよう。海外生活はきっとあいつの将来のためにもなるだろう。

苦労はするだろうけど、きっと上手くやっていける。自分なら大丈夫。

先進国で一旗あげて両親を豊かにするんだ。豊かな場所に、嫁も子どもも連れてくるんだ。


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明日で日本での生活が終わるんだと思った。

足の指先に通っている血管が、靴を通して大地に血と気力を運んでいるような気さえした。日本での十数年間が、急に遠く儚く、愛おしくさえ思えた。


死にゆく人がみる走馬灯ってこういう感じなのかなと思う。僕は今から死にゆく道に入るのか。いや、そんな事はないはずだ。生まれた国に帰るだけじゃないか。


一緒に住んでる祖父に、遠出の準備しろと言われ、出かけた先が空港で、そこには、記憶の中の映像より少しだけ白髪が増えた女性がいたが、それは間違いなく母だと分かった。

そして、祖父が繋いでいた手を離し、母が僕の手を掴んだ。感触は今でも覚えている。

初めての飛行機にのって着いた先は、不思議な漢字とクネクネしたミミズみたいな文字を使う、賑やかで本棚の如くジュースが並んである機械があちこちにある場所だった。

母の手から離れ、男の胸に飛びついた。感触はもちろん、今でも覚えている。


小学校は、確か5年生を2ヶ月ぐらい過ごし、すぐ6年生になった。

勉強をしないで済む事に驚き、部活という名目で運動を強いられる事に驚き、みんな同じリュックを背負っている事に驚いた。


沢山驚いた記憶が蘇る。

―おまえ言葉変!リュックも変!中国菌が映るぞ!みんな逃げろ!

小学生が背負うリュックは抗菌作用でもあるのだろうか。皮肉にもならない言葉が、今更、僕の中を巡る。

中学校では、何もしていないのに死ねと言われた気がする。今上手く思い出せるのは、今でも付き合いのある友人3人と、週末に集まってスーパーファミコンを囲んだ思い出だけだ。


高校からは何故か、味方をする友人も増え、僕のことを好きだと言ってくれる女の子も現れた。大学の教授は、グローバルな視野を持った君のような人が将来を担うのだと、強く念を推されたされた。深夜カラオケ屋でアルバイトをし、お昼は学校の教室で眠ってしまう事がグローバルな視野を育てるのだそうだ。


煙草の煙で鼻の先が熱かった。

随分卑屈になったなと思った。大人になるという事は、煙草を吸う事であり、夜働く事であり、心が波打たない事であり、卑屈になることだった。将来を担えるグローバル化というものは、随分人をつまらなくしてしまうものだ。


搭乗案内のアナウンスが流れ、自分のチケットを確認した。

これで、日本とはおさらばだ。もう、中国菌と言われる事もないし、死ねと言われる事もないのだ。


片道切符を握ぎりしめ飛行機に乗り込んだ瞬間、涙があふれた。

その涙は、小さな頃育ててくれた祖父の手が離れていった時のソレに似ていた。

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Image by Jukka Aalho

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