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13/12/10

転職大魔王伝「オレ、アメリカのお寿司屋さんでアルバイト。」3

Image by Olia Gozha

こんなハイペースで書くものなのかな?まぁいいっか。

というわけで最終回です。




オレ、たぶんできる。


1週間程経ち、飽きっぽいあいつらのサムハイフィーバーも落ち着きを見せはじめ、その日はひさしぶりにゆっくりとしたランチタイムで、常連客とその息子さん(推定7〜8歳)とたわいない話しをしながら握っていました。


常連客「タイチは日本人なんだから、空手できるんだろう?」

オレ「もちろんできるさ。」

常連客「じゃあ、ウチの息子に教えてやってくれないか?」

オレ「いいよ。明日の昼休憩の時に店の前に来るといい。」


驚喜し、ハイタッチする親子。

さぁ困りましたよ。

空手なんてもちろんやったことございません。

(つーか、格闘技系全般未経験)


【 懸念事項 】


 1. 空手をやったことがない。

 → どうせあいつらも知らない。オレのほうがまだ知ってるからどうにかなる。

 2. 身体が固い。

 → 寿司酢がくさるほどある。毎晩飲めばどうにかなる。

 3. 海軍学校の連中から決闘を申し込まれる恐れあり。

 → 困る。とっても困る。畳の上で死にたい。(石じゃなくて藁のほう)

当時のアメリカは「ベスト・キッド」が大ヒット中でした。

子供たちが空手ごっこしている光景を良く目にしていたし、大人に至っては東洋人が空手の構えをすると躊躇無く銃を出すっくらいのビビリっぷりでした。(いやホントに)

なので、まさか空手の国JAPANから来た「リアルベスト・キッド」のオレに向かってくるヤツなどいないだろうとは思いながらも、石畳の上を悠然と歩く全員ミルコ・クロコップみたいな連中と、冗談でも組み手なんかしたくないと思いました。

(つーか組み手がどんなのか知らんし)


どうにかしなければならない。

そう、早急に。


オレ、やればできるコ。


同じ店に実にお調子者の若者が働いていました。(仮称:トム)

こいつはいつもオーバーアクションで口が軽くて、

「日本人の女の子を紹介しろ!」か、

「オゥマイガー!」

しか言わないアホでした。


オレはそのトムを捕まえ、あるお願いをしました。

オレ「トム。オレ、今日から空手スクールをやることになったんだ。」

トム「オゥマイガー!とうとうやるのかい!人を殺すんじゃねーぞ!」

オレ「そこなんだよトム。オレは人を殺したくないし、殺させたくない。だから空手の恐ろしさをちゃんと伝えておきたいんだ。トム、手伝ってくれないか?」

トム「オゥマイガー!オレも死にたくないよタイチ!」

オレ「大丈夫さトム。君はこれをしっかり持っていてくれればいいんだ。」

オレは前の夜にさんざん探しまわって見つけた、ベコベコで今にも割れそうなA4サイズで小指くらいの厚みの板を差し出しました。

オレ「トム。君はこれをしっかりと持っていてくれ。いいね。」



昼休みが近くなると、店の外にやる気まんまんの親子とトム(なんで!まだ業務中だろが!)がいるのが見えました。

時間になったのでオレはゆっくりドアを開け、興奮しているトムを無視し、親子へ静かに語りかけました。


オレ「いいかい。オレは今日から君に空手を教える。」

オレ「だけど、一つだけ約束してくれ。」

オレ「空手は絶対に人に対して使ってはいけない。知っていると思うが、空手はとっても危険なんだ。」


うなずく親子とトム。

オレ「オレは君に、空手がどれだけ危険なのかを見せる必要があるよね。トム、こっちに来てくれ。」



急にビビるトムに、オレはその板(腐敗気味)を持たせた。


「絶対に動かすな。」


そう言ってしっかりと持たせた。(ひねると割れちゃうし)

オレはTVで見た構え、TVで見たフォーム、TVで聞いた雄叫び声で、腰の入った拳をその板に撃ち込んだ。

板は真ん中からバッキリと割れた。

(オレの拳もバッキリ割れた)

トム「オゥマイガー…. オゥマイガー…. オゥマイガーッ!オゥマイガーッ!」


と叫びながらトムはどっかに走っていった。

親子は蒼褪めて立ち尽くしていた。

オレは息子に、今日からオレのことをシショーと呼ぶように教えた。

オレ、ビッグビジネス掴む。


翌日から生徒は日増しに増えていき、MAXで7人に膨れ上がりました。

トムがオレが割ったA4サイズ小指幅の板を、A1サイズ手首幅の檜をブチ抜いたっくらいに膨らませて街中に吹聴したためでした。(結構、計算通り)


1と3の懸念事項はクリアできたのですが、意外と2が手強く、膝の古傷を理由に人気の踵落としや旋風脚はお見せしませんでした。

仕事をしているのかしていないのか、生徒の親父どもは毎日のように空手スクールを見学にきました。

練習のレパートリーが無いので、最後のほうは何故か座禅を組ませて棒でぺちぺちやったりもしました。それは寿司屋のカウンターより長い1時間でした。


肝心の収入のほうですが、空手スクールのチップの額が寿司屋のギャラに肉薄しており、予定の日数働かなくても目標額に届くのでは?と思えるペースになっていました。


そんなある日、生徒の親父の一人が授業中のオレに話しかけてきました。


生徒の親父「シショー、ちょっと話しがあるんだが。」

オレ「どうしたんだいジョージ?(仮)」

ジョージ(仮)「シショー、正直に教えてくれないか?その・・・・オレの息子の才能はどうなんだ?あいつはモノになりそうなのかい?」

オレ「ジョージ(仮)….」

オレ「わかった。正直に言うよ。」

オレ「できれば、君の息子は今すぐこのスクールを辞めさせたい。」

ジョージ(仮)「ええ?!なんでなんだいシショー?!」

オレ「このまま君の息子に空手を教え続けてしまったら、、、、彼は将来、人を殺してしまうかもしれない。」


シショーモットマイサンニカラテヲオシエテプリーズと言いながら、ジョージ(仮)はもはやチップとは言えない金額をオレのポケットにねじ込んできました。

オレの当初の目標額に達した(というか遥か超えた)のはこの瞬間で、この街を去ったのはそれから2日後でした。



オレ、たぶん伝説になった。


オレが街を離れると告げた時「この日がくるんじゃないかと思っていたよ。」といってオーナーは抱きしめてくれました。

「君は、この街を変えた。」と言いました。

オーナー、ごめん。

20年以上経った今も、この言葉の意味がさっぱりわからない。

トムはなぜかギャー泣きしていて、結局見送ってくれませんでした。

あいつ結構いいヤツだったな。貢献度も高かったし。


常連の一人だったじいさんは、

「ワシが知っている限り、おまえさんはこの街に住んだ初めての日本人じゃ。おまえさんのことはワシが伝え続けるとしよう。」

と言ってハグしてきました。

あの力の弱さではたぶん数人にしか伝え切れてないだろうなと推測。


生徒たちには再度「空手は人に使うな」と釘を刺し、ジョージ(仮)にはさすがに幾らか返金をし、迎えにきてくれたゲイの車で街を出ました。


ゲイは言いました。


ゲイ「話しは全部聞いたぜ。伝説を....作っちまったらしいな。」



アメリカ人は、ホントに映画を見過ぎだなと思いました。



さっきGoogleで検索してみたら、今のアナポリスはあの頃よりも交通網も整備され、大きな美術館もでき、観光地としても有名な開けた街になったようです。

ただ、Googleストリートビューでさんざん見回ったのですが、あの寿司屋もオレの銅像らしきものも見つかりませんでした。

おっかしいなぁ。



まとめ

●業務内容

寿司屋厨房スタッフ兼空手教室講師


●就労期間

約2週間

寿司屋:1日7時間

空手:1日1時間


●給与(時給)

総額:約650$ ※当時レート約65,000円

---------------------------------------------

寿司屋:400$ ※当時レート約40,000円

(時給:約4.7$ 当時レート 約470円)

-----------

空手:250$ ※当時レート約25,000円

(時給:約36$ 当時レート 約3,600円)

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