会社を興してからやったこと
ロバート・キヨサキの本に感化されたといえど
日本で不動産投資なんて全く持って
そのシステム自体が理解出来なかった私が
(大体この狭い国で???)
どうせ学ぶならゼロから、と始めた
米国不動産投資でした。

本質は難しくて面白かったけれど
結構早い時点で「私の興味範囲じゃない」と
気付きました。
それでもある程度進んで行くまで
きちんとやろうと思ったので
一年半程 区切りがつくまでは頑張りました。
不動産投資をきちんとやりはじめたら分かりますが
もの凄く理論的だし
社会の動きを良く見て
予測する(+人間の心理を知る)という仕事です。
だからもっといえば
「深いこと」を知らずとも
野生の感とか世間の不動産動向くらいで
短期の勝ちを得ることは可能です。
そして お金を儲けるのが目的なら
ある時は「濡れ手に粟」的な状況も経験出来るでしょう
それは人によってはモチベーションにもなるかもしれない
でもお金を儲けると言うことは
どこかでその分を払っている人がいるのです。
その人を最高に幸せにしているならまだしも
その時の私では「最高に」という言葉は作り出せなかった
たくさんの疑問が生まれました。
家のオーナーと話をするとき
私は完全に「上から目線」なひとで
彼らの役に立てることを探し出す立場になんて
とてもなれなかった
それが一番つらかったのです。

この時期 私の周りには
投資(にわか)長者みたいなひとが沢山居て
(一応私のやってきたことの種類、スピードは
かなり稀で凄いことらしいので)
その度にsucceed とか successfulとか
そう言う言葉がよく使われました。
私はよく知っていました。
私は儲けた以上に自分に投資してる
だからまだ回収したとは言えないし、
負け無しなのは私の手柄じゃない
それ以前に
みんなの言う「成功」ってなに???
1つのディールでいくら手に入れたか、なら
それは私の成功じゃない。
二度目の大スランプでした。
自分が大嫌いで
自信なんてどうやったって取り戻せそうにありませんでした。
実績を作るまでの長い長い道のり
それから、とても端折りましたが
日々私がしてきたことは
クラスやコーチングで教わるhow toの多くを
何も考えずひたすらやり続けたことです。
チラシを配って歩いたり
街の中をドライブしてめぼしい物件を探したり
ネットワーキングに力をいれたり
役所にこまめに足を運んだり

8ヵ月ほど 何にも動きはありませんでした。
正しくは 半年ほどのときには
教えられたことを無視して
周りの投資家の「この辺の値段なら一発でとおるのに」の言葉を
受け入れ オファーしてアクセプトされ
その後どう計算しても負けてしまうということが分かり
コーチに散々怒られて
クロージング前にキャンセルしました。
教えられた数字は不可能に見え
日々やることは無駄に見え
教えられたことを疑い 自分を嫌いになりました。
そんなある日 私の広告へ連絡がありました。
これが最初のアサインメント(という種類の不動産投資)になりました。
その後狙うエリアを変えて
立て続けに5件アクセプトされ
(大体一週間に10-20件のオファーを入れていました。
目標は一週間50件以上だったので
全然足りなかったのですが)
流石に5件は裁けない、と
2件キャンセルし
・・・・
そんな感じで怒濤のような「アクセプトをこなす日々」がきました。
(ちなみに、最初に建てた目標は 一ヶ月一件のクロージング
30件の保有です・・・途中で止めてますけど。)
それぞれクロージングまで1ヵ月弱あるのですが
慣れない私は手間取ることも多く
最後のころは睡眠時間1-2時間が続いていました。
睡眠時間が減ると判断力は格段に落ちます。
不動産投資の恐ろしいところは
加味して考えるクライテリア(個々人で違いますが)が多く
この時期私は間違ったオファーを立て続けに行い
アクセプトされてからコーチが気付く、という
とんでもないことを繰り返しました。
受け入れられたオファーを辞退するというのは
相手の記憶にこちらの名前が残るだけに
信用を大きく損ないます。
「仕事をするときはきちんと睡眠をとること」
むかし臨床医をやっていたときに当たり前に思っていたことを
こんなところで「再確認」しなければいけませんでした。
不動産投資業でやってきたこと
これまで私がやったことは
flipと呼ばれる 汚い家をぴかぴかにして
市場値段より安めで売るしごと
ホールセールという
「安くてもいいから早く売りたい」ひとと
「そういう家を直してflipでお金を儲けたい」ひととを
あわせる仕事(マッチングみたいなもの、マージンを取ります)
アサインメントと呼ばれる
自分が買うことで契約し
その権利を他人にそのまま譲り渡すこと
(これはアサインメント料を取ります
注:各州で法律が違いますし 一歩間違うとお縄を喰らいます)
fix and rent
stopping foreclosure
ペーパーアセットという分野や
Judgment Buyingなど
そんなこんなで計6件・・・かな?
一時的な収入もありますし
不労所得と呼ばれる収入も作りました。
キャピタルゲインはこの先10年くらいしないと確定しませんが
今の所 100%負け無しです。
だって もの凄く自己投資したもの。。。笑
プロにコーチして貰い
迷ったら相談し
時には叱られ
殆ど 体育会のノリ。
途中からコーチングは
JT Foxxのグループの不動産コーチに変えて
そこから一時期
クロージング(家の売り買いの最終点)が4軒立て続けとか
レントのための準備(直し)
テナント探し とか
もの凄く忙しい時期も経て
ある時から気付いてしまったことこそが
私の本質部分だと理解しました。
投資家の成功ってなに?
JTのメガパートナリングでは
その年活躍したり躍進した人を表彰してくれるのですが
私も一度表彰されました。
が、このとき既に
私の興味はここじゃない、と
きっぱり言い切れるほどになってました。
投資家の成功は
もちろん「負け無し」という結果や
「先見の明」みたいなものもそうでしょうが
「投資先」の周辺のひとで
くやしがったり騙されたと泣くひとがいない、というのも
絶対にあるとおもうのです。
少なくとも 私の中では。
私の投資はそういう意味では
一部の人に悔しい思いをさせてしまいました。
全てのひとを救うのは不可能です。
でも私を信じてくれた人に
出来るだけの恩を返せないで
「仕事」と呼べるとは思えなかったのです。
あんたは綺麗事言ってるよ
そうも言われます。きっとそうでしょう。
でも他人を幸せにしない仕事は 続くでしょうか?
私はアメリカの不動産投資家がやることの
多くを一通りやることが出来ました。
それは幸運でもありますし
言われた通り、教わったとおり
慎重にしかし一歩ずつ進めていったからと思います。
これで完全にリタイアメントできそうなくらいまで
引っ張っていくのも1つだと思います。
が、一通りやったからこそ (と今は言えますが)
これから
私は別のことをやるんだな、と納得出来ました。
本当に勉強になりました
土地の評価や見通しを立てることや
経済のことについても
アメリカの税制についても
資本主義を推し進めた原理も
人間の心理という所も
もっと泥臭い「家の手入れ」についても。
もし更にやるなら
デベロッパーという職種に興味を持ちますが
今の私にすぐにつながってこないので
これは しばらく種として埋めておきます。
米国不動産投資をやってみて変わったこと、変わらないこと
一通りやってみて思うのですが この知識が
思いもよらないところで「使える」ことを発見するのはしょっちゅうです。
世の中に 不要なものなどないのでしょうね。
不動産投資は 発展途上国が
一番利益率は大きいでしょうね。
でも他のビジネス同様で
先進国における不動産投資は
政治動向や人間の思考など
もっといろんなことを考えないと
安定した勝ちを得るのは難しいのです。
それでも
人間が地面に足をつけて生きる以上
資産の考え方としては大事なものだと思います。
銀行や株が 架空の数字を根拠にしていることを考えれば
はるかに現実的ではあると信じますが・・・
私の不動産投資の時期は大きくする気が無くなった時点で
とりあえず一段落しました。
(もう半自動で動いてます)
これから出会う人たちとのご縁によっては
再開することもあるかもしれませんが
今は別の集中したいことができたのです。
米国不動産投資を経て
私の育ってきた「お医者さんたち」の世界だけでは
全く知り得ないことを学びました。
人間の「あまり見たくない」部分ももろに見たし
肩書き無しの私に ディールが転がり込むと人が集まり
それもあまり嬉しくない関心だったりして
かなり疲れたというのも良い経験でした。
私は私の知らない世界をたくさん見たいと思っています。
知らないのに 他人の考えに共感なんてそうそう出来ないし
この世界に感謝を十分示すことも出来ない。
私の投資経験は 私という存在がリーチ出来るところを
明らかに大きくしてくれました。
それは自分で期待したよりずっと大きく。
そして同時に 私のやりたいことを追いかけるのに
「手段」としての投資をするのは
1つの方策かもしれないけれど
今の私には回り道部分が大きすぎるということも分かりました。
本当にやりたいことを見つめ直して
再度 そこへの道のりを考え直す
そういうとても良いチャンスとなりました。
失敗してないから続ける
それも正しいかと思います。
ただ 自分のなかの「違うな」という気持ちに
素直になるのも 1つなんじゃないかというのが
私の学びの1つです。
こんな私の経験でも
誰かの役に立つといいな、と思っています。

