自分の世界を変えていく 第二回

前編: 自分の世界を変えていく
後編: 自分の世界を変えていく 第三回
15歳で自律神経失調症を発症しついに不登校になってしまった私ですが、自分がその病気を発症しているとわかるまでずいぶん時間がかかりました。
最初の頃は体のどこかが悪いのかと思い色々と検査もしました、腸を調べるために内視鏡をお尻につっこんでみたりもしました(生まれて初めて浣腸も体験しました)が原因もわからず、また別の病院で検査する日々が続きました。
最後に検査した病院で先生に、体に原因がないのなら心が原因なのかもしれないといわれ精神科に行くことを勧められました。
そして精神科で病名をはっきりと告げられやっと病名がわかり、自分は病気のせいでおかしくなったんだ、病気を治せば普通の人と同じように日常生活を送ることができる薬を飲めば治るんだという気持ちと、精神病にかかるなんて自分は心の弱い人間なんだという情けない気持ちでした。
もちろん精神病がそんなに早く良くなるわけもなく病気を診断されてから中学を卒業するまでの間、自分の教室に入ることは一度もありませんでした。
ちなみに卒業式は卒業式が終わった後に、私ともう一人の不登校生との2人のために先生方がもう一度集まってくださりきちんと体育館で行いました。
病気が治っておらずそのせいでじっと椅子に座っていることのできない私としては
余計なことを!と思いましたが、今となってはいい思い出です。

病気を診断されて学校を休むようになった私ですが問題は病気を治すこと以外にもまだありました。
父です。
父は目に見えるものしか信じない人間で心の病なんてない、そんなの甘えだ!
と言っていたことを知っているので、父との衝突は避けられず毎日喧嘩です、家の中の空気は最悪でした。

中学を卒業した私は通信制の高校に入学することになりました、とにかく高校だけは出てくれと両親に頼みこまれ渋々です。
高校生になっても病気は良くなる気配を見せずそれどころか酷くなっていました。
家を一歩出るだけで地面が揺れるような感覚に襲われ、激しい動悸と息切れ、延々とメリーゴーランドに乗っているような気分でした(小さい頃から回る乗り物が大の苦手でメリーゴーランドなんて見るのも嫌でした)
何より困ったのはまともに人と会話をすることができなくなっていたことでした。
何かを話そうとしても言葉がでてこない、意味もなく心臓がバクバクし始め、冷や汗がでる
こんな状態で人と会話をすることは私にはできませんでした。
そしてこのままでは、私が病気にかかってすぐ想像した将来の定職につけなくてコンビニでアルバイトしているおっさんになることすらできないのです。
終わった。
だって私は小学生にできることだってできなくなってしまったんです。

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自分の世界を変えていく 第三回

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