15/9/26
18歳で初めて大失敗をした。暗い気持ちで立ち食いうどん屋に入った。注文してないおでんがでてきた。美味しかった。○○がたっぷりと入っていた。僕は強くなった。(前編)

僕が新しく生まれ変わることができたのは、あのとき、あの「おでん」を食べられたからだ。
あのとき、僕の気持ちはかなり深いところまで沈んでいた。肉体的にも精神的にも疲れ果てていた。
頭の中には常に不安、絶望、敗北感、劣等感など負の感情が入り交じり、現実から逃げたいとばかり考えるようになっていた。
そんな中、とぼとぼと駅のホームに向かい、ホームにあった立ち食いうどん屋さんに入った。お金もない。けど、帰るまで2時間かかる。お昼ご飯もまともに食べられなかったし、とりあえず、メニューの中で一番安いおにぎり(1個60円)を一つ注文し、カウンター席の端でひとり食べていた。すると
おばちゃん「はい。これも食べり。」
目の前に置かれていたのは、少しだけ煮込みすぎているが、まだ全然売り物になる大根だった。
あの春、熊本か大分かの山奥で、僕の全てが一気に崩れ落ちた。
「ない。」
母さんからメールがきた。
...!?
そんな…そんなはずがない!
携帯の画面をもう一度みた。見間違えるはずがなかった。だって、メールの本文には「ない。」とだけしか書かれていないからだ。
そんな馬鹿な!そんなことがあっていいのか!...絶対あるはずだ。ないわけがない!いや、でも、正直に言うと、ないような気がしてなくもなかった。そう、やっぱりなかったんだ。
僕は初めての大失敗にうちひしがれた。そのとき、父さんと兄ちゃんが渓流釣りにいくからと、リフレッシュも兼ねて熊本と大分の県境の山奥に釣りにきていた。そこで受け取ったメールに、僕の目の前は一瞬で真っ暗になった。車の中で。
渓流釣りの帰り、山を下っている車の中で、助手席に座っている兄が後部座席に振り向いて言う。
「お前落ちたん!だっせーwwあんなに勉強してたのに!!!www」
僕は、神戸大学経営学部後期試験に失敗した。
そしてその瞬間、僕の浪人は決まった。私大は合格しても経済的に絶対に無理だから受験しなかった。ちなみに前期も同じところ。つまり、神大経営学部一本だった。その勝負に負けたのだ。
同じ神大(といっても学部は全然違うけど)を受けた地元の友達は後期で合格しすごく楽しそうに「受かったー☆」とメールしてきた。とりあえず「おめでとう!」と返しておいた。僕の不合格を聞いた彼はすかさず「来年、神戸で待ってるわ♪」みたいな返事を返してきた。信じられない。最悪だ。おれが受かってあいつが落ちることはあっても、あいつが受かっておれが落ちる?・・・そんなわけあるか。プライドが高く、負けず嫌いな性格だった当時の僕はそう思っていた。そんな完全敗北みたいな状況、全くといっていいほど想像してなかった。
僕は車の中で完全にくたばっていた。今までに受けたことのないようなショックが僕を襲っていた。こんな大きな失敗、認めたくない。まだこれは夢なんじゃないかと思っていた。
釣り上げたヤマメを持って、山口県の実家に帰ってきた。
実家に帰ると、僕たちの帰宅を待っていた母さんが早々に愚痴をはいてきた。
母さん「「はー、なお君。なんで落ちるかねぇ。。。高いお金払って塾にもいかせてたのに。はぁー。ショックー。」」
あーやっぱり落ちたんだなーって思った。それより母さん、一番ショックを受けてる本人の前で、直接愚痴をはいてきてるけど、それはないんじゃないかな。僕だってショックで立ち直れてない。しかもお金って僕の貯金からはたいてるくせに。母さん受験とかしたことないじゃん。その難しさも知らない癖に。
(確か僕の貯金を全部切り崩して塾にいかせてもらっていた。っていっても結局僕が稼いだお金じゃないからお母さんとお父さんのお金だよねごめん。)
でも、なにも言い返せない。
だって、落ちたのは僕だ。僕が悪い。全てにおいて。
あー高校にも友達にも知られたくないな。だって、高校の進学クラスの中では成績上位者だったし、僕なら合格できるって信じられてたし、先生からもすごく期待されてたし。まぁでも、模試での合格判定は一度だけBをもらっただけで、それ以外はほとんどD判定とかだった。それでも自分はなんだかんだで合格できると思い込んでいた。周りのみんなよりは成績が上だったからちょっと安心できたんだろうね。完全に「井の中の蛙」状態なのにね。
それでも上手くいくんだろうなって思えていたのはたぶん、今まで大した努力もせずに、それでも特に大きな失敗をしてこず、「なんだかんだ」で上手くいってきた楽勝な人生を歩んできたからだと思う。
けど、この大学受験においては、その「なんだかんだ」が通用しなかったようだ。
落ちてわかった。というより、初めて向き合えた。僕は甘かったな、と。
そりゃそうだ。
小学生の頃からゲームばっかしてても良い成績はとれたし、少年サッカークラブでは小2からサッカークラブにいたばっかりに、実力なくてもキャプテンだった(もちろんチームは弱小)。なんなら、いまとなって思い返せばサッカーはただボールを蹴るのが好きだっただけだし、サッカーができるってだけで女の子の友達からカッコイイって言われるし、サッカーやってる自分カッコイイって思ってサッカーやってたし。下手くそなんだけど、小学校の友達が実際に僕がプレーしてるところを観るわけでもないから、本当は下手くそでも、キャプテンやってるってだけでカッコ良いイメージを貫き通せたんだ。
中学でも塾にいってればちょっと学校の宿題とかしただけで成績は相変わらず上位に入っていて、学年一位も一回(だけ)取ったし、何より僕は真面目なフリしてれば先生ウケもよかったから生徒会長までやらせてもらっていた。サッカー部でも副キャプテンだった。「あの生徒会長はスポーツもできて勉強もできて性格良くて完璧だよね!」そう思われていたタイプ。
高校では、中学で生徒会長をやっていたことと運良く受験で良い成績だせたことがあってか、最初から学級委員長に推薦され、周囲からのイメージは「吉村くんってスゴイ。」みたいな。で、事実、成績では上位にいたし(学校としては、進学校を目指しはじめたばかりで、別にハイレベルな人たちが集まっているわけではなかった)、その頃からブレイクダンスにはまり、人並み程度に技もできるようになっていたから、僕は一際目立つ存在。それで優等生を気取ってたから、勉強もすごいしてるんだっていう風に見せていた(自分から勉強とかできないから、ただ塾にいってただけ)。
クラスの女子「吉村くんっていいよね。なんか全部手に入れてるじゃん。彼女もいて、勉強もできて、スポーツもできるし、ダンスもスゴイしさ。性格も良いし、本当うらやましい!」
僕「えー!いやいや、そんなことないよー!けど、まぁ、それなりに努力はしてきたんだよ?僕は人より努力しないとダメなんだよね。。。てへ♪」
クラスの女子「そういう風に考えて実際努力してこれだもんね。。やっぱ吉村くんってすごいや!」
・・・笑。
そんなやり取りが大好きだった。自分って素晴らしい。満たされる。そんな感じがして。
偽ることと演じることだけは本当に上手かったんだろうな。
運良く?それでもうまくいってたパターン。みんなから少し羨望の眼差しをあびていて、僕はてっきり、自分は出来る奴だと思っていた。楽勝な人生を歩むんだって。いろいろと適当にやっておけば、このままなんだかんだ良い人生を歩めるんだろうなって。
見栄ばっかり意識して、そこにプライドみたいなものが合わさって、少しだけ人を見下していたこともあった。その面は隠していたけど、正直、自分が思う自分の性格はすごい悪かったし、計算高いクズだった。でも愛想はたぶん良かったから嫌われてはなかった(変わってるとは思われてたけど苦笑)。
そんな僕だったんで、とりあえず受験も上手くいくんだろうなって思ってたんです。タイムマシンができたら是非、一緒にぶん殴りにいきましょう!笑
でも、ここで大失敗することで、ようやくそんな自分の甘さ、弱さと向き合えた。
僕は、この浪人の一年間を、「いまだかつてない最高にストイックな一年間にする」そう、覚悟を決めた。
落ちたあと、僕はしばらく言い訳を考えていた。
「みんなが納得する説明を考えるんだ」
僕のプライドがなるべく傷つかない、みんなが「ああ、そんなことがあったんだ。いくら吉村くんでもこれは落ちても仕方ないよね、うんうん。」と思うような言い訳を考えるんだ。
「今まで、一回もミスったことない英熟語が、なぜかそのときに限って思い出せなかった。」
「自己採点でもわりとギリやった。たぶん、ギリギリで落ちたんやと思う。」
「凡ミスに途中で気づいてしまって、計算にめっちゃ時間かかった。あんなミスは久々にした。」
「なんでよりによって当日に!本番に!ミスったんやろう!最悪!」
「前の席の奴がめっちゃ煩くて、途中、試験管も注意しにくるくらいやってめっちゃ妨害された。」
僕はここに及んでまで、そんな言い訳を言いふらすつもりでいた。
けど、実は、僕は薄々気づいていた。
「吉村くんは受験に失敗し、浪人することになった。」
この事実は、どうしても、どうやっても、隠し通せないってこと。偽り通しきれない。受験に失敗したんだっていうこの事実でみんなは僕を判断する。そこに変な上手い言い訳つけたって、もう無駄なんだと僕は少しずつ気づいていた。
今まで作り上げてきた「吉村くんはきっと良い大学いくんだろうな」っていうみんなからの期待とか、「吉村くんってすごい!」そういうイメージは全て崩れ落ちたようなもんだ。
そして、もう一つ、気づいていた。
結局、偽らずにちゃんと努力して結果を出さないと良い大学には絶対に入学できないってこと。
そして、これは大学受験に関わらず、何にも通じている。もう、今までの偽りの自分を捨てて、本気で勝負するしかないんだ。努力してる姿さえも偽って「吉村くんって努力家だよね」と思われて「吉村くんなら絶対大丈夫だよ!」って言ってもらうことで安心していた自分はもう終わりだ。
そこで、僕は覚悟した。
もうどーせダメなんだ。誤魔化せないんだ。
もう本気で勝負するしかない。本気で努力して、本物の実力をつけて、自分を高めてやる。そのために、超絶ストイックに過ごしてみせるんだ…!
とにかくストイックな一年にするんだ。友達もいらない。絶対に遅刻しない。休まない。予習復習も必ずやる。地道で、愚直な、弛まぬ努力をする。そして、絶対に合格してみせる。
ただ、それだけじゃどこまでストイックにできるかわからないから、偏差値80を取ることを具体的な目標にした。これが取れるくらいにストイックになるんだ。これくらい取れなきゃダメだ。偏差値80って受験界の神様みたいなレベルじゃん?そしたら運が悪くても受かると思う。運さえも凌駕する実力。それが偏差値80だ。そんなことを考えた。
そして、予備校は北九州市の代ゼミ小倉校にした。自分の地元から通うには電車を2回乗り継ぎ、往復で約4時間かかる。浪人生用の寮はあったが入らない。友だちと馴れ合いたくなかったから。しんどくても絶対に休まずストイックに通うんだ。
そんな決意と覚悟で、僕の浪人生活ははじまった。

決意とは裏腹に、暗い気持ちで小倉城の堀をゆらゆらと泳ぐカメを眺める日々。
やっぱりしんどかった。
そもそも5時起きで通うのだけでもしんどいし、勉強なんて本気でしたこともなかったからそれもしんどかったし、なにより、受験に失敗したことのショックが大き過ぎてダメになっていた。今までは負けることも実力不足もなんとなく誤魔化せたけど、浪人は一年間もみんなより遅れるわけだし、誤魔化しきれない。失敗したやつに言い訳もなにもないわけだ。
疲れきった状態で家に帰ると相変わらず家族がいじってくる。
兄ちゃん「「あれ?お前まだ家におるん?神戸におるんやなかったん?え?落ちたん!?残念www」」
うるせー!!大学受験したことない兄ちゃんにはわかんないだろ!どーせ兄ちゃんが神大受けたって受からないに決まってる!
父さん「「おや?直哉くん、いつもお勤めご苦労様です!」」
やめろ!おれが予備校から帰ってくるといつも言ってくるやつ。ま、無視するだけだけど。イラっとする。笑いを取って返すくらいの余裕はまだなかった。
家ではみんなから罵倒され、外では勉強と遠距離移動とに疲れ、心も身体も疲れ果てていた。
なんとなく、人生にも疲れていたのかもしれない。
そんな毎日が嫌になり、予備校の授業がないときは近くのリバーウォークや小倉城を散歩し、よく堀にためてある池をゆらゆらと泳ぐカメを眺めてボケーとしていた。なにがストイックだ!
僕「「はぁー。。。いいよなーカメは。ゆらゆら泳いでるだけでさー。苦労することもないんだろうなー。はーあ、猫として可愛くて優しいお姉さんに飼われたいよぉ」」
まずカメに謝りたい。堀の中とはいえ、自然界で暮らすのはそれなりに苦労があるはずだ。しかも、カメ良いよなーっていいながら猫って。
そんな中でボケーっとカメ眺めてて突然、
可愛いお姉さん「「カメ、好きなんですか?」」
と可愛いお姉さんから話しかけられ、悩みを聞いてもらえたのは良い思い出。笑
そんなことはさておき、この時期、いろんなことを考えてかなり病んでいた。
だって、友達だと思ってた高校のみんなはみんなもう受験って世界から卒業して、華やかな大学生。勉強に苦しむことなく新しい日々を楽しんでいる姿が容易に想像できた。自由って素晴らしいデス。
それに比べて僕はまだ受験の世界から抜け出せずにいる。プライドもクソもない。浪人生とか、なんか負のイメージ。ださい。いい大学に入って、すごいねー!って言われるはずだったのになー。
そんな感覚に浸れば、友達はもはや友達ではなかった。違う世界の住人になっていた。受験のことなんてスッカリ忘れてるんだろうなって。もう一度センター試験を受けることなんてもう一生考えないんだろうなって。僕が落ちたことも一瞬気に留めてからスルーしていくんだろうなって。
でもどんな愚痴を吐こうがなにがあろうが、僕は勉強しないといけない。ストイックにするって決めたんだ。だから勉強する。
こんな感じで肉体的にも精神的にも疲れきって家に帰る毎日だった。
そして、予備校に通い始めて三週間くらい経った頃かな?
僕は、小倉駅の3、4番ホームで帰りの電車を待っていた。
僕「「お腹へった。お昼ご飯もおにぎり二個しか買う余裕なくてめっちゃお腹へった。けど、帰ったら晩飯ある。うーーーん我慢か。つらっ。」」
時間は夕方6時半。最寄り駅まで帰ろうと思うと、このくらいの時間帯が終電になる。お腹空かせながらボケーッと電車を待ちながら、ふと、周りをみてみると、同じホームに立ち食いうどん屋さんがあることに気づいた。そこには、おでんやうどんなどの看板がある中、おにぎり1個60円って書いてあった!
お金がない浪人生におにぎり一個60円は激熱!と思って、早速入り、入口の券売機でおにぎり一個60円の食券を買い、おばちゃんに食券を渡す。
僕「「はい。」」
おばちゃん「「はいよ!」」
愛想の良いおばちゃんが早速大きな炊飯器をあけ、熱々のごはんを握り始める。
おにぎりが一つ、たくあんとともにお皿に乗ってでてきた。
食べる。それがすっごい美味しい。ただ握っただけなのに!笑
そしたら、目の前にもう一つお皿がでてきた。
おばちゃん「「はい。これも食べり。煮込みすぎて売り物にならんのよ〜。」」
出てきたのは、ちょっとだけ煮込みすぎてて、でも全然売り物になるようなおでんだった。すぐに「煮込み過ぎて」というのが、思いやりの一言だとわかった。
「え!?おばちゃん、ありがとう!」
そして、そのおでんを一口食べたら、それがなんとめっちゃくちゃ美味しい!なんでかわからないけど、あのおでんより美味しいおでんはこの世に存在しないといまでも思えるくらいに美味しい!コンビニのおでんで満足していた自分にとって衝撃だった。最高に美味しい。
電車が出発しそうだったから、ちょっと急ぎめに食べて、おばちゃんに
僕「「美味しかったごちそうさま!!!」」
って言ってでて電車にのった。びっくりしたけど、とっても嬉しかった。なんでこんな僕におでんくれたのかな?貧しそうに見えたのかな?でもとりあえず、本当に本当にとっても美味しかった!
これが、僕とこの立ち食いうどんのおばちゃんとの出会い。
この出会いが僕の人生を大きく変えていくことになるとはもちろん全く気づいていなかった。
(後半へ続きます!是非、読んでくださいね⭐️)

