18歳で初めて大失敗をした。暗い気持ちで立ち食いうどん屋に入った。注文してないおでんがでてきた。美味しかった。○○がたっぷりと入っていた。僕は強くなった。(後編)
駅のホームの立ち食いうどん屋さんで、注文してないのに出てきたおでんは、いままで食べたおでんの中で一番、美味しいおでんだった。
あのあばちゃんに会ってからも、僕はなんだかパッとしない気持ちの沈んだ日々を送っていた。
なんでこうなったんだろう。覚悟したのにストイックを貫くと決めたのに、そうもうまくいかない。とりあえず、講師がいうような予習とか復習とかはし始めたし、なんだかんだ勉強はするようになったけど、イマイチ集中できないことも多い。
勉強に身が入らないときはいつも小倉城の堀でボケッと亀を眺めていた。たまに大学生になった友達とメールしてみたけど、適当に励まされるだけであまり相手にされなかった。
「もうこのままずっと受験の世界から抜け出せないんじゃないか。。。」
「チャンスは一年にたったの一回しかない。また失敗したらどうしよう。」
...恐怖と絶望が心を支配しそうになった。
その日もまた、授業も終わり、終電が近づき、お腹をすかせてとぼとぼと駅のホームに向かった。そして、前と同じく、立ち食いうどん屋さんに入り、入り口の券売機で1個60円のおにぎりの券を買って、「はい!」と渡し、端っこの席で待つ。
たったの60円しか払わない僕に、おばちゃんはいつでもおでんを出してくれた。
おばちゃんはその日も「はい。これも煮込み過ぎてるんよ〜。」と言って、今度はおにぎり2つとおでんを出してくれた...。
僕は、内心「やったね!ラッキー!」とだけ思っていた。60円でおにぎり2つにおでんとか激安!うちに帰ればごはんがあるんだし、おでんもおにぎりも美味しいし、調度いいやん!おれラッキー!
前と同じように、
とだけ言って、帰っていった。
そして、それからほぼ毎日、僕はその立ち食いうどん屋さんに通うようになった。毎回毎回、僕はおにぎり一つ60円の食券しか買わない。それを出すと、おばちゃんはほかの人に見えないようにささっと食券を取って、おにぎり2つとおでんを3つくらい出してくれる。(ちなみにおでんは1個100円!)
だんだんとおばちゃんとも打ち解けて、少しずつ会話をし始めるようになったある日、おばちゃんは言った。
僕は薄々気づいていたが、おばちゃんは僕ひとりにだけこんなサービスをしてくれていた。
なんでおばちゃんは僕だけにこんなサービスしてくれるんだろう?
その答えは、まったくわからなかった。偶然、おにぎりが安かったから入っただけのお店。僕は60円しか落とさない少年。おばちゃんと知り合いでもなかったし、初めてお店に入ったときに、特に愛想を良くしていたわけでもなかった。強いていうなら、少し暗い疲れた顔をしていたのかもしれない。
ただ、確実にわかることはひとつあった。
おばちゃんは僕を孫のように可愛がってくれているってこと。
僕はおばちゃんにいろいろ話した。
受験で失敗したこと。
予備校に通いにわざわざ往復4時間かけて通ってること。
次も失敗したらどうしようって不安。
大学生うらやましいなーって話。
大学生になって楽しそうな友達がもはや友達だと思えないこと。
模試の結果がどうだったって話。
髪を初めて茶色に染めてみたよ♪って話。
何でも聞いてくれたし、逆におばちゃんの孫がグレかけてて、悩んでるって話も聞いた!そんな感じで、いつも僕がお店に入った瞬間からおでんの準備をし始めて、その美味しいおでんとおにぎりをくれる日々。
冬になれば、僕がお店に入った瞬間からおばちゃんはうどんの麺をゆで始める!60円のおにぎりの食券で、なぜかかしわうどんが出てくるんだよね。笑 たまに、そのお店に売られてない裏メニューも出してくれた!おばちゃん大好き!笑
ほんっとにいつもありがとうって思ってたよ!もちろん、ごはんは一粒も残したことないし、どれだけお腹いっぱいだったとしても、うどんのスープ一滴も残したことない。(ちなみに、ある日、60円の食券に対しておばちゃんは、かしわうどん、おでん5つ、牛丼、みかんを一度に出してくれたことがあったよ!もちろん全部、一粒も一滴も残さず食べた☆)
そうしているうちに、日に日に僕は、おばちゃんに対する感謝の気持ちが強くなっていくことを感じていった。
実は、これは浪人時代に書いていた日記帳。この日記帳にも「おばちゃんありがとう!」とかそういうのがでてくる笑 とにかく美味しいんだって!おばちゃんのおでん!笑
感謝の気持ちを胸に、負けられない日々。
どうしておばちゃんはこんな僕を応援してくれるんだろう。
初めてお店に入ったときから、僕が合格して小倉(北九州)を去るまで、ずっと僕だけに特別サービスをしてくれていた。そんなおばちゃんに対する疑問なんてもうあまり気に留めなくなっていった。ただその事実だけで充分だったし、それだけで僕の勉強に対する姿勢は変化していった。
「おばちゃんが応援してくれてる!」
「ちょっと疲れたくらいでへこたれない!」
「ちょっと眠いくらいで睡魔なんかに負けたらだめ!」
「絶対に合格してみせる...!期待に必ず応えてみせる!」
僕の気持ちは完全に自分自身との勝負に勝つことに集中していった。いままで長い間、甘い世界にいた自分にとって、自分に厳しくするのはそう簡単なことではなかった。それでも、おばちゃんが僕を支えてくれてることを考えると、僕はストイックになれた。
こんなに僕を大切にしてくれる人がいるのに、授業中や自習中に寝るとか、しょーもないことをするとか、なにかに惑わされて勉強をおろそかにするとか、そんな期待ハズレなことしてられない。ちょっとモチベーションが上がらないくらいで机に向かわないなんて、そんなダメ男に僕はならない。とにかく頑張るんだ。素直に、愚直に。
そのときの自分は、応援や期待を踏みにじることはしたくないというか、たぶん、簡単にいうと、自分はいつまでもおばちゃんから応援されるような自分でありたいってことかな。そのためには手は絶対に抜けないんだって気持ちだったんだと思う。おばちゃんが常に見てるわけじゃないのにね。笑
自分に負けそうになったときはいつも、おばちゃんの存在が僕を奮い立たせた。
おばちゃんは僕の心の支えだった。僕が赤の他人にそこまで深い愛情を注いでもらったのは初めてだったし、学校の先生とか友達とかを除いて、赤の他人にそこまでの感謝の気持ちを抱いたのはこれが初めてだった。
だから、僕はこの気持ちを大切にしたかったし、愛され続けたかった。そして、ひたすら頑張った。そんな頑張りをみてか、夏休みくらいからいつも勉強しに行っていたミスドの店員さんもが、突然「今日もきたね!」といいながら優待券を何十枚もくれたり、なにも言わなくてもカラになったコップにお水を注ぎにきてくれたり、「頑張ってね!」って声をかけてくれたり、、、いつの間にかみんなが応援してくれるようになっていった。
(このミスドでも、毎回5、6時間とか滞在するくせに、一番安いドーナッツに優待券20%オフを使い、ドリンクはお水しか頼んだことがなかったからすごい申し訳なかった。笑 それなのに応援してもらえて本当に嬉しかった。ありがとう)
これも日記(笑)実は、優待券は店員さんじゃない、普通の一般客からももらったことがある。っていうか、微妙にじゃなくて、まぎれもなくすごいラッキーなはずなんだけど!笑
だんだんと成果を出し始めたとき
いつしか僕は浪人生としての生活に慣れ、気持ち的にも前向きになり、どんどんそのストイックさを増していった。
遅刻も一回もしたことないし、始発の電車を逃したこともない。休んだこともないし、授業の予習復習をしっかりこなした。電車の中では立った状態でも英単語の暗記と数学の問題演習をひたすら続けて、英単語帳は7周以上やってボロボロになって、数学の入試問題集は4、5周して、わからない問題はひとつもなくなった。4周目になってやっと気づいた別の解法もあったし、それに気づくことで問題作成者が意図した数学的な意味についても理解できるようになった。夏以降、授業中や図書館やミスドでの自習中、眠くなって睡魔に負けたことなど一度もないし、なんか気分が乗らないから勉強しないなんてことは一切なくなった。
僕にとって「怠けたいな」って思ったときが勝負だった。そこに勝てるやつがストイックなやつだ。その勝負に勝ち続けることができるようになっていった。
その結果、徐々に模試の結果は安定して偏差値70を超え始め、ついに数学の偏差値が82に!やった!80超えた!自分が目指していた偏差値だ!
これが偏差値80を超えたときの模試の結果。この2つの成績表ではたまたま両方とも国語の成績が悪かったりするんだけど笑 ちなみに、数学の記述で200点(満点)取ったときの偏差値は84で、国語の最高は82。英語は77が最高だったかな?全国1位とったときの成績表探したんだけど、見つからなかった。残念!
この頃になると、予備校の東大京大コースの中でもトップクラスの成績をたたき出すことも多くなってきた。冬あたりに代ゼミで行われた神戸大受験者用のプレテストでも経営学部受験者の中では堂々の1位だ。駿台の神大模試は7位だったかな?
予備校の先生も東大か京大にすれば?って言ってくれてたし、受講していた授業は東大、京大レベルのものも多かったから合格する自信は充分あったけど、やっぱり自分は神大がいいなって思っていた。リベンジのための一年間だし。次は何があっても、どんなに運が悪くても「余裕で」合格するくらいの「運さえも凌駕する実力」を以てして勝負に臨むんだ。その準備はしっかりと積み上げられている。
毎日、おばちゃんと話して「受験が楽しみになってきた」って自信をもって言えるし、相変わらず美味しいおでんを作ってくれるおばちゃんには最大限の感謝を込めて「ごちそうさま!」って言える。もちろん高校時代までの愛想笑いとか作り笑顔とかそんなものは微塵もない。心の底から表現してる。
僕はこの一年間、おばちゃんのおでんを食べながらどんどん強くなった。
そんな感じで、気づけばセンター試験を迎え、出願も私立は一切受けず、滑り止めなし第一志望の神戸大学経営学部の一本。完全に去年のリベンジ。自信満々で神戸大学前期試験の日を迎えていった。
神戸大学経営学部、前期試験の前日。
決戦の日を迎えるにあたり、僕は神戸である人物の家に泊まらせてもらっていた。
一年前、第一志望を同じく神戸大学(学部は違ったが)とし、前期試験で共に落ちて、一緒に後期試験まで受験して僕とは違って合格したかつての友達の家だった。彼は連絡すると快く泊めてくれると言ってくれた。
相変わらず、彼は楽しそうにその大学生活を語ってくれた。
僕が耐えたこの一年間の辛さなど、微塵も考えたことがなさそうな笑顔だった。
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