ど田舎にできた高校アメフト部がたった2年で関西大会に出た話(16.心意気は伝染する)

1 / 2 ページ

⒗心意気は伝染する

 

4月も終わりが近づきいよいよ、春のシーズンが始まった。

初戦の相手は最近できたばかりの大川高校。全くどんなチームか分からないので、試合前に相手高校の分析をする必要があった。

ある日、U先生が僕を体育教官室に呼んだ。

「お前ら貧乏やから、みなで都会まで試合を見に行く金がないやろ」

「ビデオカメラこうてきたから、これで誰か大川の試合を写してこい」

なんと、U先生はいつのまにかビデオカメラとビデオデッキを買っていた。

カメラとビデオデッキを合わせて50万円の値段がついていた。

(きっとボーナス全部はたいても足らんかったやろな)

その話を聞いて、僕らは思った。

ビデオでスカウティングするのはめずらしく、兵庫県では関西学院大学以外には使用しているところはなかった。それにしても50万円をつぎ込むとはいくら顧問でも、めったにできることではない。

 

このおかげで、初戦の大川高校には大差で勝った。

ビデオで分析した結果、コーナーバックが「45度クイック」といって、攻撃の一番外側に位置するフランカーが、45斜めに走りこんでパスを受けるパターンを警戒して最初から、フランカーの内側に位置していることが分かったからだ。もし、本番でもこうであればレッドコールをする作戦であった。

フットボールでは、予めキーカラーを決めておいてこれを状況に応じてクォーターバックがコールすることで、その場でプレーを変更することがある。

例えば、キーカラーをレッドと決めた場合には、レッドのコールでプレーを予め決められているプレーに変更する。それ以外のカラーのときは何も変更しない。

セットしたときにクォーターバックは、相手方のディフェンス体型を「ファイブ・ツー、ファイブ・ツー」というように大きく叫ぶが、それに続いて

「イエロー41」と叫ぶのだ。

このときはカラーがキーカラーではないので何も変わらない。ところが、クォーターバックのコールが

「レッド41」であればプレーを変更する。

 セットして、大川高校のディフェンスを見たときに、フランカーに出ていたZの前の大川のディフェンスバックは明らかに、45度クイックを警戒して、内側についていた。

これを見たKは、ヘルメットの中でニヤリとした。そして

「フォー・フォー、フォー・フォー、レッド41、レッド41」

とコールした。ひそかに練習していたレッドパスへのプレー変更だ。

 

そのコールを聞いたZは、身じろぎ一つせずにじっと下を向いていた。きっとうまくいくと、自分にいい聞かせているかのように。

「レディ、セット、ダウン、ワン、ツー」

ボールが動いた。

Zは、45度斜めに入り込むと見せかけて、すぐに真っ直ぐにゴールラインめがけて走り出した。大川のディフェンスバックは、Zの45度クイックをカバーするために既に内側に入りこんでいたため、取り残されてしまった。

その間にZは、独走している。背が低く足も短いが、足をフル回転させて走るので結構速い。大川の選手は、もう追いつくことはあきらめたかのように申し訳程度にZを追いかけていた。

Kは、少し救い上げるように力一杯ボールを投げ上げた。

ブン、取ってくれよ。Kは祈った。

空高く投げ上げられたボールは頂上付近でZの走り込むであろう地点に向きを変え、落下し始めた。そこへZが滑りこんでいく。そして、Zが差し出した両手に吸い込まれるようにスッポリとボールが収まった。

タッチダウン。

レフェリーが大きく両手を上げた。

先生のビデオが大きく貢献した。

 

これに勢いづいた三木高校の攻撃はその後も止まらず、Gがその快速を活かして縦横無尽に走りまわった。結局この試合は42対0で大勝した。

調子付いた三木高校は次の陽星高校にも、全く危なげない試合運びで勝った。

県下では、新参高が2連勝したと話題になっていた。

 

そして、梅宮高校との準決勝だ。

この試合の勝者が、既に決勝進出を決めている関西学院大学高等部とともに関西大会に出場できる。

 

5月21日

夏を思わせるほど気温が高く、よく晴れた日だった。両校、グランドの中央で一列に並んで挨拶をした後、レフェリーの笛とともに、試合が始まった。

梅宮高校は、フランカーT体型からの大型ランニングバックを走らせる攻撃を売り物にしていた。そのランニングバックは、三木高校の僕らには、「ネズミ」と呼ばれていた。顔がネズミに似ている上に、チョロチョロとタックルをすり抜けて走るからだ。もちろん、三木高校の僕らがかってにつけた愛称で、当の本人は全くそんなことは知らない。

 試合開始とともに予想通り、ネズミが走りまわったが、GやZも負けずに快速をとばして相手を霍乱した。実力が均衡している両校は、一進一退を繰り返し、第4クオーターも終盤を迎えた。

27対21で三木高校は負けていた。勝つにはどうしても、タッチダウンをとらねばならない状況だ。

自陣45ヤード、サードダウン残り8ヤード、残り時間は3分10秒。あと2回の攻撃で8ヤード進めば、また4回の攻撃権がもらえる。

ハドルでクォーターバックのMの出したプレーコールは、右プロビアからのスプリットエンドへの45度クイックパスだ。

「レディ、セットダウン、ワン、ツー」

センターからボールを受けたMは、左端から斜めに走りこんでくるYをめがけてすばやくボールを投げ込んだ。

相手のコーナーバックは、不意をつかれて付いてきていない。チャンスだった。

Mの投げたボールは、スプリットエンドのYめがけて矢のように飛んでいき、ピタリとYの走りこむところに届いたかのように見えた。

が、ほんの少し前方だった。そのボールに向かって、Yはこれでもかというほど手を伸ばしたが、わずかに中指の先がボールに触れただけで、無常にもボールは、ポトリと地面に落ちた。

「ピイー」

レフェリーの笛が鳴った。

パス失敗。

著者の岩崎 吉男さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。