車いすテニスに出会って感激して、このスポーツを報道したいと思っていたら念願が叶って、気付けば世間に追い抜かれてた話 第5章:「徹○の部屋」に夫婦で競演!?

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どんどん有名になっていく

有名になっていくのは、もちろん私じゃなくてK選手。メディアにも多く取り上げられるようになっていき、テレビ出演も増えていった。北京でシングルス金メダル、ダブルスで銅メダルを獲得して、さらにプロ宣言したのだから、注目されるのもうなずける。

そういう姿を見るのは、記者冥利につきるのだけれど、でもちょっと複雑だったりもする。すごくうれしいんだけど、寂しいなあ、みたいな。

そんなときに、K選手が彼の有名なトーク番組に出演した。平日だったから、夫と一緒に見たかったから、録画しておいたものを後日夫婦揃って見たのだと思う。

北京での活躍のVTRが流れる。コートサイドでカメラを持って取材していた私は、試合の映像の隅っこに小さく入ってしまっていた。私のことを知っている人が見れば、なんとなく私だと分かる程度のサイズだけれど。「やだー、私ったら『徹○の部屋』に出ちゃったー」なんて、冗談を言いながら続きを見ていた。

今度は、K選手の生い立ちの話になり、テニスを始めたばかりのころの写真が紹介された。幼いころのK選手の背後に見覚えのある人物が。そう、なんと夫だったのだ。夫本人も「えっ? オレ??」と言っていたけれど、私には分かった。そして巻き戻して確認すると、やはり夫だった。たまたま写ってしまっただけなんだけど、でも、夫婦で偶然同じ番組にちらっと姿が出るのって、やっぱり珍しいと思う! しかも映像の時期も取り上げ方も全然違ったのに!

私たち夫婦のことは、どうでもいいのだけれど、こうやってK選手は露出がどんどん増えていき、大手のスポンサーもしっかりとついて、まさにプロのテニスプレーヤーとして活躍していた。初めて車いすテニスを見たときに、「これはれっきとしたスポーツだ!」と思ったし、K選手がどんどん強くなってくのを見ていて、すごい選手になるだろうと思ったことは思っていたけれど、これほどとは……。

K選手の活躍に、メディアが追いついていっている感じだった。でも、まだまだ日本は、K選手という人物について評価しているし、K選手そのものを取り上げてくれるけれども、「車いすテニス」の魅力、すごさをもっと伝えてくれるといいのにな、と思っていた。


ロンドンも行くのかな?

月日は経ち、北京パラリンピックのときに7カ月だった息子は2歳になり、私のお腹にはもうひとりの命が宿っていた。2年後はロンドンパラリンピック。どうしよう。行きたい。でも、息子は5歳、そのころもうひとり増えているはずの子は1歳8カ月。どうしよう。行きたいけど、どうしよう。

北京のときに息子を1週間預かってくれた私の両親には「ふたりも面倒見られないから、自分たちでどうにかしなさいね〜」と、あっさり拒否されていた。そりゃそうだ。7カ月の赤子ひとりとわけが違う。息子が幼稚園に入り、もうすぐ年中になろうとするころには、もうロンドンのことを考えなくてはいけない。とりあえず、アクレだけでも申請しておかなくては。で、どうするんだろう、私??

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