定時制卒が帝六の博士さまに娶られた話 その1 ~高学歴は嫌いです編~

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後編: 定時制卒が帝六の博士さまに娶られた話 その2 ~純朴と真面目と偽りのマッチングシート〜

前作の「定時制高校出が過去をちょっと振り返る」で多くの皆さんに読んでいただき、コメントまでいただいた上におススメ記事にしていただきありがとうございました。生まれて初めて文章を評価されたので当人驚きすぎて興奮してなかなか眠れません(笑)


せっかくなので読んでみたいというリクエストの多かったこの話を書くことにしようかと思います(笑)

分割すること、長くなることをお許しください。



 私の人生を話すと多くの人がいう言葉は「ウソでしょ!」「盛りすぎ!」と言われます(笑)

 まあ正直自分でもこんなに色々ある人生は珍しいのではないかと思うこともありますが、私の周囲やストーリーズの皆さんの話を読んでいるといろんな人にいろんな人生があることを思い知らされます。

                          



  前作の定時制高校を出た後、フリーターといいましたが実はキャバ嬢(笑)を2年ほどやっていました。その後1年間今は亡きフルキャス○で日雇労働派遣をやっていました。

 さて、ここで計算が変ですよね。フリーター2年なのに3年の職歴・・・

 そう、定時制高校に通いながらキャバ嬢をやってたのです(爆)しかも同居の親に内緒で。


                          


 両親は厳格・・・といえば格好がいいですが外面重視の人でことあるごとに「定時制は最低最悪のラインにいるんだからそのことを自覚しなさい!」とか「あんまり定時の事たちと一緒にいないのよ!」など定時制の悪口オンパレードでした。今思えばあんなにお世話になったのによくそんなこと言えたもんだと思いますが・・・

 また相性が良くない伯母は私の通った定時制高校の全日制に通っていたこともあり、「定時制なんて碌な人間にならないわよ」とか「私は全日制なのに姪が定時制なんて・・・身内の恥ね」なども会うたび言ってくれる人でございました(笑)

 その上昔から父は酒に酔ったり、私が言うことを聞かなかったりすると殴る蹴るをする人で母はそれを止めず「お前が悪いから!お父さんに謝りなさい!」と腹蹴りされてリバースしそうな私に言う人でした。


 高校二年の終わりくらいから自宅に居たくないことから友人やゲームセンターに入りびたり、家人が寝てから帰ってきて家人が仕事に言ったら起きるような生活をしていました。

「我が家に座敷童がいる」とよくからかわれましたが、そうやって身と心の健康を守っていたのです。

 最初はそういう生活してたのですがそのうち「毎日帰る時間がこれ位ならキャバくらいやってもばれなくないか?」と気が付いたのは4年生になってから。御年18~19歳でもうそれだけでも雇ってくれる時代でした。

 それなりにお金も貯まりました。あとは逃げるだけです。


 そこで出会った同世代の友人たちと相談し、高校卒業後は当時珍しいハウスシェアをすることにしました。

 高校を出た翌日にはその友人のハウスシェアの家に行きました。


 ハウスシェアについてはあんまり話したくない、思いだしたくない記憶ばかりがあります。

 やはり19歳は子供なんです。シェア仲間でのいざこざが絶えず、シェア仲間の一人がお金を滞納して、カツカツな私たちが家から追い出されたくない一心で払ったこともあります。

 親友と思っていた人に裏切られ、呆然としたこともありました。

でも実家に帰りたくない一心で一年は耐えたものの、心身疲れた私を見かねた両親がキャバを辞めて実家に帰ることを提案。

情けないことですがそれに従い、恥ずかしながらの帰還と相成りました。



                          

帰還後はキャバはやらない約束でしたので売り上げのいい日雇派遣へ。

とは言っても月二〇日入っても14万にしかなりません。それでも高卒の仕事の中では割と実入りがいい仕事ではありました。

朝から晩まで軽作業という名の倉庫の作業。夏は暑いし冬は寒いし、もう大変でした。

もちろん親は「この程度の仕事しかしないで!」とよく切れていましたが、キャバから足を洗ったこともありあまり以前より言わなくなりました。

きっと私の体格がよくなったこと、父が年を取り大病したこともあり暴力で娘をいうことをきかすこと(父に殴られたときに瞬間的に殴り返したらそれがショックだったようです。ただ私が寝ているときに腹を蹴るのは治りませんでしたが)が出来なくなったのを気付いたのでしょうね。


みんなの読んで良かった!