ブス、デブと言われ続けていたわたしの10年後 ②

前編: ブス、デブと言われ続けていたわたしの10年後
後編: ブス、デブと言われ続けていたわたしの10年後 ③

じゃあ過去、わたしがどんなだったかっていう話。

~小学生編~

小学生で父親の海外赴任でアメリカに住んだときから本格的に始まるデブ人生。

元々体格は大きい方で、小学校上がる前から3年生?とか言われちゃうような大きさだった、とは言ってもその当時はまだタテに。


でもアメリカでの生活で完全にメーター振り切っちゃったんですね。なんの抵抗もなく、抜群の適応力でジャンクな食生活に馴染んでしまった。

身長の伸びが小学校6年生で止まったわたしからしたら、アメリカにいた小学校2,3年生は十分成長期の前段階。もちろん食欲旺盛。そこにサンドイッチだのピザだのハンバーガーだのという生活。

 

太らないわけがない。その当時に写真はいまだに数多く実家に残っているけれど、今見ても面白いくらいに太っている。

ある一定レベルを超えたデブの人たちって、みんななんか同じような顔してるけど、例に漏れない顔つき=頬の肉がつきすぎて行き場のなくなった脂肪で目元が圧迫されて細くなる。

子供だから無邪気に笑って写っているんだけど、どれもこれもまーーー目がないこと。笑

 

帰国して、周りの子供たちとの比較でウチの娘の体型がヤバイと気づいた母親に入れられたスイミングスクールに通った甲斐もありある程度までは落ちたけれど、一度生成された脂肪細胞の仕打ちはそんなに甘くないことを、そのあとの人生で思い知らされる。

 

 

~中学生編~

中学生になってスイミングスクールに通えなくなり、またこの3年間は完全にわたしの人生の中における汚点というべき暗黒期のため面白おかしく書くほど記憶にも残していないけど、また太い体型に戻ったっていうのが早い話。


おまけにださーーーーーーいメガネっこ。ブスという言葉も本格的に入ってくる。

今ならフレームの素材をはじめ、レンズの大きさや形も選べてカジュアルでかわいいメガネも多いけれど、昔はただただ丸レンズのチタンフレームメガネ。はっきり言ってダサいし野暮ったいし、かわいいなんて要素が微塵もなかった。

 

 

~小中学生の総まとめ~

そんなかんじで小中学生に考えつく限りのネガティブ外見要素を持っていたわたしがデブ、ブスと呼ばれ、からかわれないわけがなかった。


でも普通のそういう見た目の子供と違うわたし。何が違うかと言うと、負けじと言い返し、いじめに屈しない。


というか自分が「いじめられている」という認識じゃなかったんですね、なんか周りからギャーギャーと文句つけてくる連中がいる、くらいにしか思っていなかった。

でそんなワケ分からない連中とつるむことにも意味が見いだせず、女同士ってめんどくせ~っと自ら1人でいることも多かった。


だから所謂「いじめてくる人たち」からすると、イジメ甲斐がない。だからもっともっと陰湿になる。

 

そんな、ネガティブな世界のループにハマってしまっていたのが15年前までの私。

いま考えるとなんとももったいないというか、損な時間の過ごし方をしていたもんだ。


~高校生編~

んじゃあ高校に入学してすぐ変わったのか、高校デビューしたのかというと、そういうわけでもなく。


中学の卒業式の時に60キロだかあった体重が、高校の入学式までの数週間で劇的に減るなんて、そんなことあるわけない。

でも幸いなことに、地元の中学から同じ高校へ進学した同級生たちは、見た目どうこうでいじめるいじめないのというのには関わりのない子達ばかりだったから平和な高校生活をスタートすることはできた。


女子バスケ部に入部してなおかつ片道30分の自転車通学に変えたら、自然とゆるやかにではあるけれど体重も落ちていったし、メガネもバスケをする口実でコンタクトにチェンジ。

少しずつ見た目が普通の女の子になっていっていた。



そんな高校生の時に、私の人生においての転機がやってくる。

留学生試験に応募、合格、で東欧のハンガリーという国に1年ホームステイで交換留学をすることになるのだ。


この経験は、結果としてずっと持っていた見た目コンプレックスへの考え方も、大きく変化をさせてくれた。

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ブス、デブと言われ続けていたわたしの10年後 ③

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