車いすテニスに出会って感激して、このスポーツを報道したいと思っていたら念願が叶って、気付けば世間に追い抜かれてた話 第8章:ロンドン・サバイバルは続く

前編: 車いすテニスに出会って感激して、このスポーツを報道したいと思っていたら念願が叶って、気付けば世間に追い抜かれてた話 第7章:例の夫、大活躍過ぎる
後編: 車いすテニスに出会って感激して、このスポーツを報道したいと思っていたら念願が叶って、気付けば世間に追い抜かれてた話 第9章:幸せな時間

奇跡が続いた取材初日

ロンドン到着の翌日、この日の任務は私のアクレディテーションカードの取得と夫&子供たちの車いすテニス観戦チケットの入手。これさえ手に入れば、私は取材ができるし、夫&子供たちは試合が観戦できる!


第4の難関 駐車場がない!?

イギリスって、さすが福祉先進国だけあって、車いすマークのある駐車場にやたらと車を止めることはできないことになっている。ブルーバッジというものを発行してもらっていないと、罰金を取られてしまうのだそう。渡英準備のときに障害者手帳の英訳証明っていう書類を用意しておいたので、私は何か言われてもそういうの見せればOKなんじゃない〜? なんて、軽く考えていたのだけど、どうもそういうわけにもいかないらしい。「でもさ、パラリンピックなんだから、車いす用の駐車場くらい、いくらでもあるんじゃーん?」という私の甘い考えは打ち砕かれるのだった。

子供たちは長旅の疲れも見せず、朝は元気に起きてくれて助かった。朝食を済ませて、例のレンタカーに乗ってオリンピックパークへレッツゴー! ロンドンの朝の渋滞に巻き込まれながら、夫は慣れない道、慣れない信号、慣れない標識、そして鬼のような手動装置に四苦八苦しながらも、オリンピックパーク近くに到着〜!! 競技場が見えるわ〜! あのシンボルタワーが見えるわ〜! なーんてはしゃいだ空気が困惑に変わったのはすぐだった。

どこをどううろついても、駐車場がない。オリンピック関係の警備のおじさんたちにいろいろ聞いても、やはりブルーバッジがないとオリンピックパークの駐車場には停められないらしい。そして、「あっちにショッピングセンターがあるから、そこの駐車場を使いなよ」と、何人にも言われるのだけど、そのショッピングセンターの位置がよく分からない。ここかな、と思う場所があるのだけど、どこから駐車場に入ればいいのかも分からない。

夫と子供たちの車いすテニスのチケットをもらう約束の時間が近づいているのに、車を停めることができずに、ぐるぐるぐるぐる同じ場所を回っていた。とりあえず、チケットを手配してくれた人と会わなくてはいけないということで、私だけ降りて待ち合わせ場所に行ったら、運良く会うことができてチケットゲットーーー!!

気持ちが落ち着いたところで、また同じ道をぐるりと回ってようやく「ここから入るのか!」と、駐車場に入ることができたのだった。


第5の難関 夫&子供たちと、無事に会場で再会できるのか!?

ようやく車を停めることができて、ほっとひと息。が、またこの先にも難題が待ち構えていた。アクレディテーションをもらうために、私は一般の観客とは別ルートで移動しなければいけない。夫に子供ふたりを任せて、私は別行動しなくてはいけない。夫は無事にたどり着けるのかしら??

とにかく、車いすテニスの会場で会えることを祈るしかないね、なんて話ていたら、声を掛けてくる女性の姿が! その女性はある選手の彼女(現在はご結婚されてご夫婦に)で、応援に来ている子だった。待ち合わせをしていたわけでもないのに、なんという奇跡!! ああ、神様はきっといるんだわー。こうして私は、女性に夫と子供たちを託して、いざメディアセンターへと向かったのだった。

私は電車に乗って関係者専門のルートでメディアセンターへ。「うぇあ いず めでぃあせんたー?」というひと言だけであちこち案内されて、なんとか無事にメディアセンターへたどり着いた。やった! これでアクレが手に入って、やっと取材ができる〜♪ 意気揚々と車いすテニスの会場に向かうメディア専用のバスに乗り込んだ私。

そこへ、パラリンピックの取材で知り合った友人(カメラマン)が乗ってきた。「おお〜っ!!」と、感動の再会!! バスが出発する直前に彼女が「カメラマンベストはもらった?」。そう! 私は本職はカメラマンではないのだけど、パラリンピックの取材の際は写真も撮らないとお話にならないので、ど素人なのだけどアクレはカメラマンで取得している。カメラマンベストがないと、写真なんて撮らせてもらいないのだ。「もらってない!! ひええ〜〜!!」というわけで、私はバスから飛び降りた。荷物は友人が持っていってくれるというので、ダッシュでまたメディアセンターに戻り、「あい うぉんと かめらまんべすと!」と聞きまくって、ついにカメラマンベストの入手に成功した! ありがとう、友人よ。車いすテニスの会場に着いてしまってから引き返していたら、絶対に試合に間に合わなかったよー。ああ、神様は絶対にいるんだわー。

アクレもカメラマンベストも手に入れて、メディア専用バスに乗って、やっとやっと車いすテニスの会場にたどり着いた私。夫と子供たちと選手の彼女さんとも再会でき、私の荷物を持って先に行っててくれたカメラマンの友人にも再会できて、ようやく仕事を始めることができた。ここまで長かった。が、長いのはここからだった。

第6の難関 取材初日から長い一日

この日はシングルス、ダブルスの試合が組まれていて、シングルスの試合が終わってからダブルスの試合が入る予定になっていた。テニスの試合は、長くなると本当に長い。あまり考える余裕もなかったせいか、普通に夜にはホテルに帰れるだろうと高をくくっていた。というか、そういうところに思考が巡らなかったような気がする。シングルスの取材が終わって、ダブルスの試合が入るころにはもうすっかり夕方に。日本人選手たちのダブルスが1試合長引き、思った以上に遅くなってしまった。日中は暑いくらいだったのに、日が傾くとさすがに冷える。防寒着もあまり用意していなかったため、子供たちは寒そうにしていた。選手から上着を借りたりていた。ごめんよー。

下の娘は最後にはぐずぐずし出してしまい、抱っこしながらインタビューしたりして。でも、選手のみなさんは、私たち夫婦や家族のことを知ってくれている人たちなので、そういう姿も受け入れてくれたのが救いだった。

会場を後にしたのは7時は過ぎていたと思う。会場から駐車場までもかなり距離がある。行きはバラバラだったけど、帰りは家族一緒に駐車場に迎えたので、それはやっぱり安心だった。会場から30〜40分ほどかかって駐車場に着いて、そこからホテルまで1時間弱。車の中で、子供たちはまた寝入ってしまい、前日同様夕飯も食べずに朝まで寝てしまうことに。そう、一日の締めに、駐車場から息子を抱えて部屋まで戻るという重労働が待っていた。ホテルに着いたのは、夜10時ごろだったと思う。もちろん夫はまた食料の調達に出掛けていき、私は部屋に残って写真整理や原稿書きなどをして、食料が来るのを待っていた。

ロンドンに着いて、まともに夕飯を食べさせてあげれていない子供たちも不憫だし、休む間もなく動き続けているのに疲れも感じてしまっていた。でも、無事にアクレもチケットも手に入れることができて、これで車いすテニス最終日までは安泰となっただけでもひと安心できたものね!

とりあえず、サバイバル生活はこれで一段落。残りの滞在期間は、原稿がツラかったのはあったけれど、家族でロンドン生活を楽しめたのだった。

続きのストーリーはこちら!

車いすテニスに出会って感激して、このスポーツを報道したいと思っていたら念願が叶って、気付けば世間に追い抜かれてた話 第9章:幸せな時間

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。