雑誌を作っていたころ(20)

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「ふるさとの民芸・城下町編」


「茶の湯紀行」の次の号は、テーマを巡って紛糾した。

 ぼくは「四季の俳画」か「奥の細道」をテーマにしたいと思っていたが、社長は「城下町の民芸」をごり押ししてきた。

 社長の馬場一郎という人は、とにかく言いだしたら聞かないワンマンタイプ。ぼくが気遣ってかつての「別冊太陽」方式の編集手法を実施したことで、いろいろな思いに火をつけてしまったようだ。

 学研販売局は「民芸はマイナーで売れない。まして城下町など演歌の世界だ」と一顧だにしない。ぼくは間に挟まって、身動きが取れなくなってしまった。

 ぼくが学研に足を運んで決めてきた譲歩案を、社長が蹴飛ばしてしまうのだから仕方がない。ついに堪忍袋の緒が切れて、社長に「ご自分で交渉するか、一任するか、どちらかにしてください」と書き置きを残し、自宅にこもった。編集スタッフにも連絡するまで出てこなくていいと言い渡した。


 すると翌日、会社の人間から電話があった。社長が昼からビールを飲んで酔っぱらっているという。仕方がないので様子を見に行った。ぼくが席についても、社長は顔を合わせようとしない。頑固なくせに、シャイなのだ。こりゃどうにもならんと、立ち上がったとたんに「山崎君!」と大声で呼ばれた。

「何でしょうか」と、わざと慇懃に応対すると、彼は困ったような顔をして「城下町を外したら、民芸で行けるか」と聞いてくる。

「わかりませんが、たぶん」

「では、それで頼む」

 こうして障害は取り除かれ、第5号「ふるさとの民芸」は取材開始となった。揉めている間に10日の時が過ぎ、取材時間は残り少なくなっていた。

 この号は、全体を5ブロック構成とした。

・東北(弘前、角館、盛岡、会津若松)

・中部北陸(金沢、高山、松本)

・関東(江戸)

・中国四国(津和野、姫路、丸亀)

・九州(柳川、豊後竹田)

 取材エリアを選定するのに骨が折れたが、取材スタッフを決定するのもひと苦労だった。みんな好きなところへ行きたがるからである。仕方がないので強権を発動し、強引に割り振った。

 東北チーム:(編)北原徹、(写)清水啓治

 中部チーム:(編)佐藤憲司、(写)関谷雄輔

 関東チーム:(編)沖田真知子、(写)若目田幸平

 中国チーム:(編)山崎修、(写)井上博道

 九州チーム:(編)菅間文乃、(写)吉田一夫


 ぼくは奈良のベテランカメラマン、井上博道氏と津和野、姫路、丸亀の順に取材して回ることとなった。民芸の取材対象は、石州和紙、姫路張り子、明珍火箸、白革細工、丸金団扇、一貫張り、張り子の虎に決めた。

 津和野は水の町で、津和野川と町中にめぐらされた用水には、でっかい鯉がうようよ。暇つぶしに津和野川にかかる橋から食パンをちぎって投げたら、水面が鯉とウグイでごちゃごちゃになった。

 姫路では国宝の白鷺城をメインカットにしようと思っていたが、天気予報はあいにく下り坂。しかもカメラマンの井上氏が所用のために大阪に戻りたいという。

「困りますよ。明後日は雨ですよ」

「いや、絶対に晴れにしてみせるから」

 で、小雨の降る中を撮影に向かったのだが、あら不思議、井上カメラマンが三脚をセットし終わった瞬間に雨はからりと上がり、なんと青空まで顔を出した。名人カメラマンは神通力も使えるのである。

 丸亀では丸金団扇(金比羅さんのお土産品)の製造工程を、骨組みから仕上げまで取材。今では団扇といえばプラスチックの骨が当たり前だが、竹細工の繊細な味わいにすっかり魅了されてしまった。和紙、竹、漆。日本人の生活から遠くなった素材だが、自然の恵みを生かした道具は、持つ人の心を優しくする。


 この号の筆者は、吉田光邦(巻頭言)、白洲正子、高井有一、古井由吉、松山猛、加堂秀三、町春草、フランソワーズ・モレシャン、田村隆一、山崎しげ子、後藤みな子の各氏にお願いした。

 今回もホテルから毎日電話をかけまくってアポ取りをした。チェックアウトのたびに、電話代にびびったものだ。

 この号のできあがりは非常に満足のいくものだったが、やはり民芸はマイナーなテーマだったらしく、売れ行きはいまいちだった。ぼくらは何としても6号で挽回しなければ次がないという状況に追い込まれた。






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