夏になると哀しくなる話

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いつからだろう。夏が来ると切なくて胸が締め付けられる感覚になったのは。。。


小学生の頃は、夏がくると毎日海やらキャンプやら、色んなイベントがあり毎年両親の実家に家族5人で帰っていた。両親は東北出身で夏は涼しく正直暑ーいと思う事が少なかった。とても過ごしやすい気候だった。私は毎年帰省しているにも拘わらず、お別れの時はいつも泣いていた。子供ながら「もう、二度と会えないかもしれない。」と言う想いがとても強かった。

あれから10何年が過ぎ、兄も私も社会人になりそれぞれくらしている。


ただ、ひとり父を除いては…。



父は6年前末期の肺がんで亡くなった。享年52歳。日本人男性の平均寿命が79歳だから割と短命だ。

年齢が若いため癌の進行も早かった。入院して約3ヶ月で旅立った。抗がん剤治療をし、日に日に弱る父を見るのは死をカウントダウンするような感じだった。


両親は私が高校生の時に離婚しており父と2人の兄が、母と私が離ればなれに暮らしていた。でも、夫婦を解消しても家族には変わりなかった。週に1度は父と兄の元へ行き通い妻状態だった。1度母に言った言葉がある。「優しいのもいいけど、お母さんの優しさは人を傷付けるよ?」

母は毎日病院に見舞いに行き、甲斐甲斐しく父の世話をしていた。

最初は、見舞いに行くと他の患者さんに迷惑だから。と談話室へ移動していたが抗がん剤の副作用で起き上がることが出来なくなり、入院して1ヶ月くらいで食事を摂れなくなっていった。

ガリガリに痩せた父を見るのは本当にきつかった。でも誰よりも辛いのは父だ。病室では努めていつもどおり冗談を言っていた。

そんな中、私の就職が決まった。父に報告すると涙ぐみながらよかったな。と一言言い、くしゃくしゃの1000円札をくれた。


その後、8月23日の夜家族(元)に見守られながら父は逝った。父方の祖母は健在なので、父に「親より先に逝くなんて親不孝だ。」と言われていた。また母は、鬼だとも言われていた。

あっちゃさん(青森弁でお母さんの意)、守れなくてごめんなさい。と私は言った。


また、夏が来た。淋しくて切なくて胸が苦しい。

私は毎年こうして夏をすごすのだろう。

何年経っても変わらない。忘れられない。父と過ごした22年。楽しいことも辛いこともあったが、唯一の父の最期。

人って最期の時まで生きたいのだと学ばせてくれた父に感謝している。

私が就職したのは病院だ。看護師として日々命と向き合っている。

生きること、死ぬことを身をもって教えてくれた父に敬意を表す。

ありがとう。お父さん。命日には帰ります。



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