ラスベガスで三股
「げっ!また、8が来やがった」
正直、オレは自信がなかったし、もうこれ以上大金を賭けることはしたくなった。
でも、オレの手札は スペードの8とハートの8。
ここは間髪入れず、
「スプリット」
だった。
2000ドル賭けてたから、もう2000ドルを賭けた。
つまり、4000ドル賭けてるわけ。
ところが、もう一枚、8が来ちまった。
ここでブラックジャックっていうギャンブルについて説明しよう。
対戦するのは、カジノ側のディーラーと自分。
カードの数え方は絵柄のカード(11、12、13)は10で数えて。
それ以外は数字はそのまま数える。
(エースは1か11で数えるがここでは詳しい説明は省く)
その上で、21に数字が近いほうが勝ちってのがルール。
たとえば、ディーラーが絵柄のカードと8なら18が数字。
それに対して自分が、絵柄のカードが2枚なら20で勝ちになる。
その場合、賭け金が二倍に増える。
100ドル賭けていたら、もう100ドルもらえるってわけだ。
で、話を最初のシーンに戻す。
オレの手札は、
スペードの8とハートの8。
つまり、16だ。
ディーラーの見えているカードはエースの7。
ブラックジャックでは13種類のカードの数字のうち、絵柄とエースで4枚あるから、ディーラーの隠れているカードは基本10と考えるのがセオリー。
つまり、この場合、オレが16でディーラーが17の可能性が高いと考える。
完全に負けだ。
4000ドルがパーになる。笑
ところで、ここでブラックジャックのルールで「スプリット」って奴がある。
これは、ペアになった場合、同じ賭け金を賭ければ、そのカードを分けて、二カ所でプレイできるというもの。
そして、先ほども書いたように、見えないカードを10と考えるのがセオリーだから、8のペアの場合は必ずスプリットするのがセオリー。
だって、8のペアは16だけど、スプリットすれば二カ所に分けて10のカードが来る可能性が高い。
つまり、8のペアの16よりも、スプリットすれば18の数字を作れる可能性が高いわけ。だから、基本、8のペアは必ずスプリットするわけだ。
だから、オレは最初に二枚配られ、それが8のペア。
さらに、そこにもう一枚8が来たんだ。
それが、冒頭のシーンだ。
でも、オレはすでに嫌な予感がしていた。
でもでも、常識的に考えて、スプリットだ。
すでに4000ドルを賭けている。
スプリットするには、もう2000ドル。
つまり、6000ドル。
日本円にして約65万円。
当時のオレは、たぶん23歳。
まじで、嫌な予感はしてたんだ。
だから、スプリットなんかしたくなかったんだ。
でも、8のペア。
やるしかない。
で、
「スプリット」
と小さな声で言った。
結果的には、案の定6000ドルの負け。
無気力な日々
ラスベガスで結果的に2万ドルくらい負けたかな。
最後の勝負と思って行ったラスベガス。
オレはバカだったから、大学卒業後にプロのギャンブラーになろうと思い、ニューヨークに住んだ。
(しかも、マンハッタンの152丁目。笑)
そして、アトランティックシティというカジノに一日おきに行く生活。
そんな生活をしてたんだけど、全然、良い生活ができない。
もちろん、勝ったり負けたりの日々。
そんな生活を約1年近く続けたわけだ。
そんなとき、
「こんなジリ貧生活はきついな。ラスベガスで最後大勝負して勝ったら続けて、負けたら日本に帰ろう」
って、ふと決めた。
それで勝負にきたラスベガス。
そこで負けた。
だから、オレは東京に戻り、日雇いをやったりしながら食いつなぎ、小さい会社に就職。
正直、ラクな仕事だったけど、給料は手取りで20万弱くらい。
それなりに楽しかった。
友達もいたし、時間も自由だったし。
でも、なんか満足しない。
「こんなんでいいのかな?」
って、いつも思ってた。
ほんと何となく生きていた。
いや、
なんとなく死んでいた
って言ったほうがいい。
そんな毎日を生きていた。
ほんと何も考えないで生きていた。
出版というギャンブルで大当たり
そんな、
なんとなく死んでいた
まま、28歳になった。
ちょうと、前の仕事も飽きていたから、転職活動をしたところ、弱小出版社に拾われた。
そして編集者になったら、ベストセラーを連発することに。
まじで、びびった。
「オレにもやれることあるんだ」
ってね。
出版というビジネスがギャンブルに似ていたから勝てたわけ。
ほんと、ラッキーだった。
出版社に入るまでは、いろんなことを諦めていたから。
別に月20万の給料でもそれなりに楽しく生きることもできたし。
そんな感じで自分に言い訳しながらね。
でも、なんか違った。
「生きている気がしなかった」
んだ。
そう、
なんとなく死んでいたから。
もう一度言う。
なんとなく死んでいたから。
お陰さまでオレは10年間で1000万部以上の本を売ることができた。
(10年間で年間ランキングに載る本を6冊出したし、130冊以上つくって半分近く5万部以上に)
「カリスマ編集者」って呼ばれるくらいになった。
本当に、これはオレにとってラッキーだった。
だって、たまたま出版社に拾われただけだから。
別に編集者になりたかったわけでも、
仕事で成功したかったわけでもなかったから。
そう、
なんとなく死んでいた
からね。
だから、本当に、
「あのとき、負けてよかった」
って思ってる。
オレたちはどうししても「負ける」ってことを悪い事とおもいがちだけど、オレはそうは思わない。
もし、オレがラスベガスで勝ってたと思うと、ぞっとする。
もし、オレが弱小出版社でなく、それなりの会社に就職してたらと思うと、ぞっとする。
またギャンブル人生を始めることに
2012年5月末。
オレは出版社を辞めて独立。
10年間やってきて、ある意味、勝ってきて、もう飽きたから。笑。
それなりに実積もあって、役員になり、ある意味、安定していた。
そう、
オレは負けに飢えていた
のかもしれない。
独立して2年半。
オレはもうすぐ41歳だけど、今は、完全にフリーター状態。
たしかに、青山とホノルルを拠点にビジネスは順調だけど、あえて安定はさせてない。(来年はニューヨークの拠点を移すかな?)
よく言われることだけど、
「安定は情熱を殺し、不安定は情熱がわく」
ってこと。
オレは、
「どうせ死ぬんだから、情熱的でありたい」
「負ける可能性がある人生が楽しい」
って思ってるから、
「あえて『不安定』を選んだ」
ってわけ。
そう、オレは生きたいから。
オレたちの多くは、
なんとなく死んでいる
から。
いい?
日本みたいな豊かな国に生まれたら、生物として常勝なんだ。
餓死しないし、安全だし。
生物としては連戦連勝なんだよ。
だから、「生」を感じれない。
だから、「運」を感じれない。
だから、「流れ」を感じれない。
だから、「チャンス」を感じれない。
だからだから、「負け」を意識するんだ。
だからだから、「死」を意識するんだ。
そうすると、反対の「生」を意識できるから。
情熱を持って生きることができるから。
繰り返すけど、オレたちは、超安全、超安全の日本に生まれ落ちてしまった。
だから、「生」を意識できないでいる。
だから、なんとなく死んでいるんだ。
だから、あえて「負け」を選ぶんだ。
そうすれば、そこからは勝つしかないから。
そうすれば、そこから生きるしかないから。
負けがあるから勝ちがあるんだ。
オレは、
「人生は負けるためにある」
って思ってる。
負けがなければ勝ちのありがたみがわからないから。
負けることで、オレたちの心が着火するんだ。
最後に、そんな人生を生きているニューヨークの35歳のフリーターを紹介しよう。
名前は竹本樹一郎。
ここから先は彼のストーリーだ。
あることをきっかけに、人生を変えた男のストーリー。
『負けるために生きる〜35歳と40歳のフリーターによる「運」にまつわるニューヨーク物語〜』
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ぜひ、楽しんでくれ。
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長倉顕太
2014.11.24
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