「曲がらない」

昔話ばかりで申し訳ないが…
ある車を目黒通りから環八を通り、中原街道先まで運ぶ仕事だった。
たいした距離ではない。
その車は、雑誌にも紹介されたストリートドラッグ仕様の車で、68 年式のカマロ。
もともとはアメリカのどこかの州の沼か湖に沈んだ車で、それをフルレストア、フルチューン。
エンジンは350 ボアアップ(約6000㏄)、ハイコンプ、ローラーロッカー、270~280°カム、ホーリー大径キャブ、インマニ、タコ足、、スーパートラップ5 インチ2 本出し。最後にニトロオキサイド。
内装はフルバケットシート、レカラ30φ ステアリング、ニトロスイッチ、シフトポイントライト、タコメー
ターはオートメーターで7000 レッド、シフトはマニュアル型AT トランスミッション。最後にラインロック付き。
外装はイタリアンレッドにオールペイント、リアはナローデフにミッキートンプソンのドラッグタイヤ、ト
ラクションバー、フロントは極限までのローダウン、クレーガーホイールにバイクのような細いタイヤを履いている。
そもそもこんな車が公道を走って良いわけが無いが、そのころの私にそんなことはどうでも良かった。
ただ、ちょっと思った。
マッドマックスじゃないんだから…
思い直して車に乗り込みエンジンをかける。
(キーを回してもかからない。スイッチを入れて、ダッシュボードの赤いボタンを押す)
ギャリ、ギャリ、ギャリ、バババン!!
けたたましい金属音と排気音。
明らかに周りの車からの視線や、歩行者がおびえている様子がわかる。
ちょっとその気になってきたぞ、こりゃ。
目黒通りから環八を左に曲がり、どこかの信号で止まった。
早速ラインロックを試してみることに。
(これは前輪だけにブレーキをかけて、後輪をわざと空転させタイヤのコンパウンドを暖めるという機能だ。
停止線に止まったまま、すごいエンジン音で後輪から煙を上げている車が右車線に。
信号は青に変わった。
が、ラインロックをはずすタイミングを完全に逃し、そのままアクセルを戻した。
しかし左2 車線の車は発進しようとせず、ずっと私の顔を見ている。目をまん丸にして。
恥ずかしさもあり、私は即座にラインロックをはずし、大きくアクセルを踏んで発進した。
…が、これまたすごい。
何馬力出ているのかわからないが、バケットシートに身体全体が圧縮されて入っていく。
そこでまた色気を出して、シフトポイントのライトどおりにシフトしてみた。
そのたびに恐ろしい加速が体感できる。
これは面白い。
いったい何キロ出ているのかは、スピードメーターが無かったためわからなかったが、前方に田園調布あたりの緩やかな右コーナーが見える。
いつも通り緩やかにブレーキを踏んでハンドルを右に緩やかに切っていった。
が、まったく曲がらない。車はまっすぐ進んでいる。
一瞬パニックになりそうになったが、この車のフロントタイヤがバイク並みに細いこと、リアタイヤがF1 タイヤより太いこと、この車の重心は完全にフロントにあること、を思い出した。
下り坂の右コーナー、この車のフロントにブレーキをかけても曲がれない…
マニュアルAT ミッションでエンジンブレーキをかけた。
左ウインカーを出した。
中央車線にはみ出し、ハンドルを少しずつ切っていった。
車は無事に曲がりだし、一番左車線の路肩に止まった。
マセラッティのすぐ後ろだった。
ピリリリリ、(社長からの電話)
「何やってる、早く車もってこい」
「はぁ、早くもっていこうとしてるんですが…」
こういう車って、ホント曲がんねえなぁ…。

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