元気かな、会いたいな、と思っています ④ルコウソウ

ルコウソウ

科・属名 ヒルガオ科・イボメア属

開花期 8~9月

花の色 深紅・白

つる性の1年草。強健で生育旺盛だが寒さにあたるとたちどころにしおれる

花言葉 多忙・元気

 

 

ふと、思い出す人がいる。

風の強い雨の日だった。

私は基本的にハメハメハの子供たちと一緒で、風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みでいいと思っている。こんな悪天候な日に外に出るなんて、危ない危ない、と思う。

お店には出勤しても、おにぎりや飲み物を用意して、必要以上に外に出ないようにしている。

でもなぜか、こんな日に、死にそうになりながら、整体院にやってくる子がいた。

彼女をルコウソウさんと呼ぶことにする。

 

その日は午後に向かって台風の接近が予報されていて、早めに出勤した私は電車の遅延にも合わず、ひどくなってきた雨脚を聞きながらテレビの台風情報にくぎ付けとなっていた。

こんな日はお客さんも来られないだろうと、お茶を飲んでいたところに自動ドアが開いた。

強風に曲げられた傘をなんとか閉じ、細い体をくの字にして踏ん張っている。

びしょ濡れのルコウソウさんがそこに立っていた。

急いでタオルを用意し、店内に招き入れた。

こんな日に表に出るなんて、死んじゃうよ!と言うと

「死にそうだから来たんだよ~」

と、へろへろへろと施術ベッドに倒れこんだ。

ルコウソウさんは線の細い人で、髪も細く、目も細く、眼鏡の縁も細かった。

「もうダメだ。3時間しか寝てない」

泥の様にベッドに沈む。

それならば家のベッドでゆっくり眠ったらどうだい?と聞くと

「身体が痛くて眠れないよ~」

ひーん、と悶えた。

過度に忙しいと神経が休まらなくて、身体は疲れているのに眠りにつけないことがある。

案の定、ルコウソウさんの自律神経周りの筋肉はカチカチだった。

20代半ばでありながら新横浜・東京間の新幹線通勤が許され、徹夜に近いことをしながらも平日の昼間に自宅近くの整体院にやってこられる、とても稀な職種についていたのだと思う。そしてルコウソウさんがやってくる日は大抵、嵐だった。

雨雲が近づき、風が強くなってくると、ルコウソウさんがやってくる。

猫耳のついたフードをかぶり、細面にフワフワの茶色い髪がかかる。職場はアニメ業界を連想させたが、実際の所はわからない。若いのになんでこんなにひどくなるかね、と呆れるくらいだったが、ルコウソウさんが懸命に仕事をしていることだけはわかった。

いでたちや行動は突飛でも、案外堅実で、私が覚えたての株式投資について質問をすると

「私は売り買いで儲けるよりも優待や配当で十分です。眼鏡屋関連の株を持っておくと、眼鏡を買い替えるときお得なんで」

と言って鼻の頭に乗せた細縁の眼鏡を中指で、つい、と上げた。

 

私が自分の整体院を持ったとき、結婚したとき、母を看取ったとき、など人生の節目節目でルコウソウさんは連絡をくれた。しかも電話ではなくハガキやカードや封書だった。それらと共に何か一品ついているのが常だったのだが、レトルトのカレールーが送られてきたときは驚いた。お取り寄せに疎い私が知らなかっただけかもしれないが、『おいしいよ』のメモがつけられたそのパウチは、カレールーとホワイトソースからなっていて、ご飯の上に2重にかけてトースターで焼くものだった。焼きカレーを食べたのはこれが初めてである。

 

その後ルコウソウさんも30歳を過ぎたころ、手紙が届いた。以前の仕事を辞めて、何やら薬膳の学校に通っているようだった。

「無職だから整体に行けなくて辛い~」

と相変わらず忙しく、死にそうに生きているのだな、ということが伝わる内容だった。

そして結婚するとかしないとか、と書かれていた。

 

空が重く、風が強く、傘が役に立たない日に外に出ると、ルコウソウが咲いていた。

細いつるを支柱に絡ませ、小さな赤い五角形の花が、ちぎれんばかりに揺れている。

散らんのか、強健な花だ、と思うと、ふと笑いがこみ上げた。

私はルコウソウさんからの『結婚しました』の報告を、あれからもう5年も待っている。

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