未来の扉の暗証番号

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神様は1年365日、何千何万人もの願い事を聴いている。

それを聴くだけでも忙しいのだろう。

だから時には願い事を聴き間違える事だってある。

例えば居酒屋で注文したものと違う料理が出てくるように。



精神障碍者デビュー


8年前、僕は精神障碍者として華々しくデビューした。

もちろん、神様にお願いしてそうなった訳じゃない。

まったくの想定外だった。

病名は適応障害(後になって双極性障碍に病名を変更)

会社で社長と社員の温度差に悩んで病気になった。

発症する2ヶ月前から精神に異常をきたし、

自殺をしようと試みたが死ねなかった。

自分が死んで楽になるのはいい。

そのかわり残された家族を地獄に突き落とす事になる。

それに今の命はもらった命。

昔、死のうとした時、妹の存在のような心友に救われた命なのだ。

その心友を裏切れなかった。

家族に病院に連れて行ってもらい、診断書を会社に提出。

仕事を休職し、自宅療養する事になった。


折れた心と太った体


普通は死のうとすると食欲は失せ、やせるのに心を患い体重は増えた。

なぜならば、母が自分の事を心配し、ご馳走を届けてくれたからだ。

ひきこもると何もする事がない。

動かないのに食欲は衰えなかった。


たった一つのお願い



妻は何もしなくていいと言ってくれた。

『そのかわり一つだけお願いがあるの。

引きこもっていると私が不安だから、今通っている治療院に行って』

悩んだ。このままだと太り続けてしまう...

じゃなくてずっと家の中にいると息苦しくて、

得体の知れない幻覚に首を絞められそうだったので、外に出た。

視線恐怖に震えながら。

ただ、その治療院が近づくにつれ、恐怖感に襲われた。

人に会うのが恐かった。

何言われていないのに責められているという幻覚。

怖くて建物の中に入れず、その場で立ちすくんでいたことだろう。

思いきってドアを開け、ほとんど視線を合わせず、言葉もかわそうとせず、治療を受けた。


止まらない涙


何日も通ったある日の事、自分の病気の事、なるまでのいきさつを話した。

すると治療院のスタッフの方がにっこり笑ってこう言ってくれた。

『大丈夫。何があっても大丈夫ですよ』

ひとすじの光が差し込んだ。

『ありがとうございます』

強張った心がほどけていくのを僕は感じて頭を下げた。

家に帰り、妻にその話をした。

『大丈夫じゃない...大丈夫じゃないのにそういってくれた...』

話しているうちに涙がこぼれて止まらなくなった。

嗚咽がいつまでも部屋に木霊していた。



社長からのメール


月に一回、傷病給付金の手続きで会社に行くようになった。

そして何ヶ月か経った頃、広報として仕事に復帰してみないか?と誘われた。

その当時、会社がやっている朝市の取材に興味はあった。

取材に行く。写真を撮る。これはと思う商品をピックアップし、ホームページに掲載。

そして更新。面白かった。

自分の書いた記事が不特定多数の(わずかな人の)もとに発信される。

会社のすすめででブログを書いていた自分にとっては願ったり叶ったりの仕事だった。

試しに初めて続けてみたが、だんだん精神に負荷がかかるようになり、病状が急激に悪化。

再び、家に引きこもった。

それが原因で復職を諦め、退職。

その後、給与未払いが続き会社は倒産するが、最後に好きな仕事が出来たので、

他の社員の人は恨み節しか残らなかっただろうが、自分は良かったと思っている。


人は出会うべき時に出会う人と出会う


それから何カ月もたった頃、就労支援センターを紹介された。

その就労支援センターの担当の人との出会いが自分の人生を大きく変える事になる。

何度かの面談の後、こう訊かれた。

『飲食業に興味はありませんか?』

聞けば新しい居酒屋がオープンするという。

まずは、そのオーナーにあって話を聞いてみてはと誘われた。

それからひと月たって一緒に面会した。

プレオープンが2日あるから、まずはやってみて、それでだめだと思ったらやめればいいし、

出来そうだったらやってみたらいいよと言われ、苦手な事はある?と訊かれた。

『物事の同時進行が苦手です』

飲食業において、それは致命的な欠点だった。

それは後から思い知るのだが、その時はそれに気がつかなかった。

しばらく悩んでお願いする事になった。


来るのを間違えた世界が待っていた


プレオープン初日。

おどおどしながら店長とスタッフを紹介され、お客さんを迎える準備をした。

やがてお客さんが入り始め、気がつけば人の波にももまれるようになった。

皿洗いだけしておけばいい。

勝手にそう考えていたら、食べ物や飲み物を持っていくように指示された。

それは想定の範囲外。

仕方がなく、びくびくとしながらホールに出た。

食べ物や飲み物を持っていくのが精一杯。

逃げ出したかった。

肉食動物に囲まれた草食動物の気持ちが良く解った。

再び、皿洗いに戻る。

いや、逃げ込むように戻った。

あっという間に時間が過ぎ、そしてプレオープンも終わった。

『どう?やってみる?』

オーナーから訊かれた。

はい。お願いします。頭を下げた。

おいおい何を言ってるんだ!来るのを間違えた世界じゃなかったのか?

脳のなかで思いが交錯する。

やってみてだめならすぐに尻尾をまいて逃げればいい。

そう思った。

逃げ足の速さにかけては絶対の自信があった。


ナンパと思って声をかけた


オープン当初は客足もまばら。

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