車から飛び降りたこと、ありますか? ボクはあります。
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いいこともあれば 悪いこともある
どっちにしたって 風は吹くのさ僕にはたいしたことじゃない
ママ たった今、ボクは人を殺してきたよ
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夕闇が迫っている風景の中、車はどんどんスピードを上げ坂を登っていきます。
「これから、どこへ行くか わかるか?」
そう言うとディックは、不気味に笑い、おどすようにナイフでハンドルを叩きはじめました。
「・・・・」
「チルドレンズ・パークだよ。あそこなら誰にも邪魔されず切りきざめる」
チルドレンズ・パークというのは、カリフォルニア州 バークレーの高台にある森のように広い公園で。夜になるとサンフランシスコ中のネオンや車のヘッドライトが星のように見渡せるというので、カップルが夜景を見に来る名所になっています。
しかし一歩うっそうとした森の中へ入っていくと、昼でも暗く、人影はありません。
「しまった」ボクは後悔をかみしめていました。
「まぁ、オレにも言いすぎた所があったのはあやまる。機嫌直して家に帰ろうぜ」
自分でもしらじらしいと思う、ボクの言葉を遮(さえぎ)るように、
「ノーウ」
引きずるように粘っこく、ディックは言いました。
「トゥー・レイト。お前は俺を侮辱した。殺して埋めてやる。日本人の旅行者が一人ぐらい行方不明になったって、事件にもなるものか」
なぜ外国人が必要以上に口喧嘩しないか。
映画なんかで見ても、ある程度でやめるじゃないですか? その理由がわかりました。
ののしり合いは殴り合い、殺し合いに発展する。いろんな人種の、色んな考えが渦巻く国では。芸術、スポーツ、科学。色んな才能が混じり合ってびっくりするほど斬新なものが生まれる反面、宗教も思想も違えば争いごとの種はつきないわけですから。
ある程度でストップしなければ、日本のようにせいぜいこずきあっておしまい、とはいかない。TVでアメリカのB級映画を見ると変質的な犯罪が出てきます。さらって地下室で切り刻むような。。ボクはそういうシーンを思い出してました。
口の中が渇く。引きつりそうになる顔を必死でつくろっていました。車はカーブの多い坂をタイヤを鳴らしながら登っていきます。
「どうしよう」
頭は激しく解決策を求めてフル稼動。ボクの墓場になるだろう場所は、刻一刻と近づいています。
「飛び降りるしかないか」
心の中でつぶやきました。
ガケ側のガードレールを飛び越えて谷底に落ちれば命はありませんが、幸いここはアメリカ。左ハンドルです。右側の助手席は山側でまだ安全です。
とはいってもこのスピードで走る車から飛び降りて命はあるのかな?メーターが三十や四十を指していても、それは30キロという意味じゃない。30マイルなんですから。
しかし今はその恐怖よりも、このままこの車に乗っていることの方がはるかに危険でした。多少の怪我は覚悟。致命傷にだけはならないように。。
「飛び降りるしかないか」
もう1度、今度は自分の意思を確認するようにつぶやきました。そして注意深く、その機会を待ちました。
何度目かのカーブを曲がった時、カーブがきつくてディックはブレーキを踏み、かなりスピードが落ちました。
「今だ」
ボクはダイブしました。
扉を開けると風が通り過ぎました。「ガン」次に待っていたのは頭への強い衝撃。
「アレ? 身体が動かない」
夢を見ているように目の前の映像が真っ暗になりました。「早く逃げなきゃ、逃げなきゃ」夢の中でバタバタともがき、頭で命令するんですが身体はぴくりとも動きません。
ちょうど車のクラッチがはずれたように、頭と「身体の動力」がつながらず空回りしてます。
「早く逃げなきゃ、逃げなきゃ。追いかけてくるぞ」
身悶えしてるうちに、何かの拍子に回路がつながり、現実の世界に戻りました。
走る。走って、ドンドンドン! 丘の上の家のドアを叩く。ヘルプとか、わけわかんない英語で訴えても、ドアを開けてくれません。女の人がドアの向こうで震えて叫んで泣いてます。気持ちわかりますよ。そういう手口の強盗だと思ったことでしょう。今思えば申し訳ないほどの恐怖に陥れたと反省してます。すみません。
やがてその家の女性が呼んだパトカー3台がやってきて、ディックものろのろと坂を登ってきます。坂の下で、警官とディックが何やら話しています。
あることないこと。向こうに都合がいいこと。ナイフで刺そうとしたなんて不都合な真実は隠したまま。「空手の練習をしていて喧嘩になった」なんて言い訳を。。
「コイツの言ってることは本当なのか?」
警官が聞いた時、ボクはただ「イエス」とうなずいた。ボクの証言でそのままディックが刑務所に入るのは少しためらわれたからです。ここら辺が甘ちゃんな日本人気質だとは思いますが。
で、再びディックの車に乗せられ、後ろに3台のパトカーがついてくる状態でボクらは帰っていった。ディックは悪びれもせず「あれは冗談だった」とか「おい見てみろよ、まだ警官がついてくるぜ。ドラマみたいだな」とはしゃいでいたけれど。
ボクはけっして忘れない。あの時、ディックがボクに向けた目は絶対に殺意がこもっていた。あの時車から飛び降りる勇気がなかったら。ボクはここにいない。
耳の後ろから流れた血が泥と混じって固まっているのを触りながら、ボクはディックとの決別を誓っていました。
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