何年もこの症状なんだから少しは理解してよね。

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2017.3.14

今日はホワイトデー。そんなすてきな言葉から入る文章なんて私にはいらない。

いつも1階のリビングで生活を過ごしていた私がなんとなく2階の自分の部屋に入り普段使用しないデスクトップパソコンで動画をみていた。ここまでは誰でも普通に思えるだろう。私の場合は違う。リビング生活に慣れてしまい、イヤホンから解放されてしまっていた。つまり動画をみているのにイヤホンを装着していない。それになんの違和感も抱いていない。以前の私なら姉が隣にいるからイヤホンを必ず装着して音が漏れないように動画を見ていた。もちろん、笑い声も出ないように細心の注意を払っていた。それが姉が別居し、私がリビングでのんびり過ごすことによりイヤホンから解放されてしまっていた。それが本日の不幸を招くとも知らず。

一度、動画を見るのをやめ久しぶりに風呂に入り、これもまた珍しい。外に出ない日は風呂には入らない。入れないという理由も少しある。体力がなく、体が温まるとすぐに体中が暑くなり気分が悪くなるからだ。ごはんもほとんど食べれない。みるだけで食べた気分になるし、体が受け付けない。飲み物は大丈夫。甘い紅茶と苦いコーヒーとお茶に限るが。食べ物は見るだけで十分だ。見れるだけでも進歩したと思う。

風呂から上がり再び2階の自分の部屋に行き動画を見始める。このときもまたイヤホンを忘れている。

そして、楽しくて、ついLINEもしながらひとり盛り上がっていると

バタンッ

大きな音と同時にものすごく怖い顔の父が私をにらみつける。―やらかしてしまった。

「音がうるさい音量を下げろ。聞こえないのか?音がうるさい音量を下げろ。できないなら切れ。」

バタンッ

そして嵐が過ぎ去った。

私は急いで画面を閉じ音響をOFFにし、気が付けば足がこわばり震えていた。






涙が頬を伝ってきた。

いけないっ

そう思い急いで1階に逃げる。

泣き声もうるさいのだろう。2階で泣いてたらどんな恐ろしいことが待ち受けていたことやら。

そう考えると1階に降りて正解だったと思い涙も止まる。

だが、こわばって震えていた足が痛い。

思わずその場で座り込んだ。


まずは呼吸を整えよう。いつものことだ。こうしないと過呼吸になる。


呼吸が落ち着いてきたら全身が震え始め緊張がほぐれたのか一気に吐き気と気持ち悪さに襲われた。

大丈夫これもいつものことだ。


だが、しんどい。でもいつものことだ。しんどさで涙が出始める。苦しい。

それからしばらくその状態は続いた。


そして今、無事に部屋に戻れた。相変わらず気持ち悪さは変わらない。

勝負はこれからだ。夜は長い。今日一日中何も食べ物を口にしていなかったのが幸いだった。

こういう時に口にしていたら吐きかけてまた体へと戻るを何度も繰り返し気持ち悪さが増す。

そして寝ているときに消化器官が調子を悪くして再び気持ち悪さと吐き気を起こし夢の中なのか起きているのかわからない間で気持ち悪さと吐き気に苦しみながら朝を迎える。


翌日の朝は疲労困憊。

翌日はなにもする気にならない。なれない。


たった一言。

あの父親の怒りで私の精神面と身体は何時間もこうして苦しみに拘束されていくのだ。

昔の診断はうつ病とパーソナリティ障害、今は病院も変わり診断に時間がかかるため診断できないとのこと。

このような状態になってもう何年と経つのにいまだその態度をしてくる父親。少しは理解してほしい。

それとも何度も私が迷惑をかけているのだろうか。なにか父に対してよくないことをしているのだろうか。

そう思わずにはいられない。しばらくは父と会わないように行動するしかない。

体が恐怖に反応して動けなくなるからだ。

今この記事を書いている最中も気持ち悪さと吐き気が収まったりきたりと繰り返していると同時に相変わらず足が痛い。


早く実家という牢獄から抜け出さないと私はどうにもならないのだろう。




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