Master yonegerの「よし!」の掛け声

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大学を卒業して就職したものの一ヶ月で退職し、別の仕事を探して、そこでもまた一ヶ月で退職したしょぼい私が行き着いたのが「フリーター」だったのだが、そこで一人の上司と出会い、人生がガラッと一変した話。


就職活動は本気でしたことがなかった。

試験はボロボロなのに面接で合格しちゃうような、憎いタイプな私。

社長面接で「なんで試験結果が下から二番目なのに受かってんの?」と聞かれ、「人柄でしょうかね!あはは!」と躊躇することなく言っちゃうような、憎いタイプな私。

でも、いざ仕事に就くとなぜか「自分はそこにいたらいけない」「邪魔者」「汚物」という卑しい感情に押し潰されてしまって、全く使い物にならなかった。


大学を卒業してから十ヶ月の間に、三つほど職を変えた。

もう一度言おう。十ヶ月で、三つだ。

どうだ、しょぼいだろ。惨めだろ。見下すがよい。見下されて当然だと思っている。

収入がないので、もちろん「ニート」だった。

学生時代に溜めていた貯金をなんとか崩して生活していたため、どれだけ保つかはたかが知れていた。

銀行からお金を下ろす度に、背中とお尻に嫌な感覚が走った。

大学を卒業してから一年で、貯金は底をついた。


窮地に立たされた私は、学生時代にアルバイトをしていた映画館に、再び履歴書を送った。

大卒という贅沢な身分がありながら、晴れて「フリーター」となった。

ニートよりはマシだ。そう言い聞かせてどうにか自分の精神を安定させていた。


映画館のアルバイトの初出勤は、ゴールデンウィーク初日だった。

劇場は、大入りも大入り。

劇場ロビーは歩くことさえままならないほど、大混雑していた。

アルバイトスタッフ全員てんてこ舞いの状況のなか、新人(正しくは出戻り)の私に誰かがつきっきりで業務を教えられるほどの余裕は、どこにもなかった。

それでも以前やったことがある仕事なだけに、初日からそれなりに動くことができた。

「おいそこの新入り、邪魔だ」

と言われるようなことは一切なかった。

劇場内を動き(いや、走り)回って掃除して、声を張り上げてお客さんを誘導した。

掃除をして、マイクアナウンスをして、チケットをもぎって、また掃除をして、どれも懐かしくて思い出しながら、無我夢中で働いた。

あっという間に退勤時間を迎えた。

脳みそが悲鳴を上げていた。たぶん頭から湯気が出ていたと思う。

それでも清々しい気持ちでいっぱいだった。

職を転々とした不甲斐ない私がたどり着いた「フリーター」という道だったが、こんな自分にもできる仕事があるんだ、お金を稼ぐことができるんだと思い、達成感を味わうことができて、何とも言えない生きている心地がした。

事務所に上がり、タイムカードを切ると同時に、私は声を張り上げた。

「もうくっそ忙しくて頭痛いですけど、最高っすね!!!いやぁ、たまらんわ!!!」

その声に反応してか事務所のデスクに座って仕事をしていた大人(社員)の皆さんが、一同に立ち上がって、顔をほころばせながら近寄ってきた。

「お疲れさま」

スーツに身を包んだ大人(社員)の皆さんの中に、その人はいた。

劇場支配人のyonegerだ。

柴犬のようなやさしい顔をしたその人との出会いが、私の人生を大きく変えることになる。

もしyonegerに出会っていなければ、いま頃私は、芸能関係のお仕事をしてはいなかっただろう。


映画館で始まったフリーター生活も半年が過ぎた頃に、yonegerから突然ある指令を受けた。

「よし!お客さんの前に立って盛り上げてこい!」

イベント上映(パブリック・ビューイング)が行われる際に、yonegerからその一言だけを頂戴した私は、訳も分からずに400人ものお客さんの前に立たされ、声を張り上げることになった。

《盛り上げてこい=楽しんでもらえるように働きかけろ》

yonegerの言葉を私なりにそう解釈したが、たぶんそれは間違ってはいないだろうと思った。

だがしかし、何をどうすれば場の空気を温めることができるのか、盛り上げることができるのか、素人の私がそんなこと、知ったこっちゃあなかった。

ここはもうアドリブで乗り切ろうと腹をくくった。

劇場の通路脇に立って、タイミングを見計らった。

あと数分でイベント上映が始まるというときに、私は勢いよく飛び出した。

「どーーーーーもーーーーー!!皆さん、よぉぉぉぉこそお越し下さいましたぁぁぁ!!」

なぜか拍手が起こった。

そして400人ものお客さんに向かって注意事項を軽く(大声で)述べて、せっかくだからということで、みんなでいっしょにタイトルコールを唱えましょうと提案してみると、これが大盛り上がり。しかも、タイトルコールの大合唱が見事にタイミングばっちりで、暗転となって上映がスタートした。

劇場内が沸いた。

映画館という「静かに鑑賞をする空間」が一変した瞬間だった。

私は、とりあえず何とか盛り上げることはできただろうと胸を撫で下ろし、役目を終えて事務所に戻ると、yonegerが私の働きっぷりを大絶賛してくれた。


それ以降、劇場で行われるイベントでMCをやらせてもらうようになり、テレビやラジオにまで出て喋るお仕事を与えてくれた。

喋りは上達していき、なぜかファンレターをもらうようになってしまった。

映画館の一アルバイトに、差し入れやファンレターが届けられる。

意味がよくわからなかった。


yonegerという人はとにかく面白いこと、ワクワクすること、笑顔になれることが大好きな人で、誰かがちょっとしたアイデアを口にすると、それをすぐに実行する。

「よし!それやろう!」

が口癖で、それはある意味プレッシャーでもあった。

それを耳にするということは同時に、新たなミッションが与えられるということだからだ。


高知県が舞台の映画が上映されることになったときの話だ。

「高知ってどんな所なんでしょうかね?」

事務所内で発せられたその何気ない言葉が、yonegerのおもしろアンテナに引っかかった。

「よし!高知へ行こう!」

yonegerが劇場を離れることはできないので、事務所の社員数名と私が、その映画のロケ地である高知をめぐる一泊二日の旅に出かけることになった。

高知のフィルムコミッションの人や、映画の撮影が行われる以前から監督(外国の黒人)さんと交流のあった町役場の人に、ロケ地を案内してもらった。

監督や出演者の人柄や、撮影時のエピソードなどを、私のビデオカメラで撮りながらインタビューをした。

撮影したものをパソコンで編集して、劇場ロビーのモニターに流した。

その映画が公開されて監督が来場されたときに、監督が英語で喋るもんだから何て言っているのか全くわからなかったけど、ものすごく喜んでくれていることだけは、本人を見ていてわかった。

隣にいるyonegerを見てみると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて親指を立てていた。


自分を信じる力を失い、どうやって生きていけばいいのか漠然とわからなくなっていたときに出会った「映画館」というエンターテイメント空間のアルバイト。

そこに応募し、フリーターという身分でありながら、絶対に普通では味わうことのできない様々な経験をさせてくれたyonegerという劇場支配人との出会い。

「よし!それやろう!」

いつの日か、またあの掛け声を聞きたいと、私は今でも強く胸に秘めている。

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