奇跡を初めて感じたとき。

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家族のことを少しだけ書きます。
今の自分があるきっかけをここに綴ります。

あまり書くべきではないと思いながらも、きっと同じようなことで苦しんでる人もいるのではないかと思い、ほんの少しだけでも気持ちを立て直すきっかけになればと。

僕が高校1年の春、祖母をガンで亡くし、祖父をその翌年肺炎で亡くしました。祖母は1年間の闘病の後、亡くなったが献身的に看病をしてた母が異常を感じたのも、祖母の病気が発覚した頃だった。2001年春。

20年近く母親に育てられた中で一番ショッキングな出来事だった。病院に行って、分かった病名は、ガン。初期だったため、手術で大丈夫だろうということだった。手術は無事に成功した。2001年夏。
その後、放射線治療などを終え、完治となった。

何も無いはずだった、2008年夏。僕の誕生日、思いがけない連絡があった。
要再検査。

つまりは、ガンの再発であった。ガンの再発ほど恐ろしいものはない。始め、連絡を受けたとき愕然とした。リンパへの転移の可能性が大だったからだ。
東京にいた僕は、急遽大阪に帰り、再検査に付き添った。そこからが悪夢であり、ドラマの世界にいるようだった。
まるでシナリオに書いてあるように、ドクターにきてくださいと言われ、説明を受ける状態になっていた。もはやそのあたりから、「普通で居てることが一番しんどかった」。
言われた言葉。
「余命はもって2年だろう」
頭が真っ白になるかと思ったら、むしろ逆だった。どのように家に帰るか。車の中で何を話すか。これしか頭に思い浮かばなかった。
検査後、結果が出るまで数日あるので一旦帰宅するため、車で出た僕の言葉。
「まぁ、なんとかなるやろ」
こんな言葉しか出せなかった訳である。その日、本当に誰かに助けてほしいと思ったし、本当に運命を呪った。

家に帰ってからネットで色々な方法を探し、ほんの少しの可能性が無いかだけを求めた。免疫療法とかが出てきたが、正直なところ、転移があり、それがリンパにきてるということは、全身にガンの可能性があるということだった。つまりは詰まった。とりあえず大学院はお休みさせて頂き、色んな方にも相談をした。しかし、結局は祈る。さらに、最終的には孤独だった。もちろん、母親も同じ気持ちだっただろう。
肺や胃、骨など、ありとあらゆるところで怪しいところがあった為、PETなど細かい診察を受けた。

そしてその結果。
方法は一つだった。手術をしてみる。では、なぜそうなったか。他の箇所への転移の可能性は手術をし、さらに転移巣を切除出来た場合、そこでのガンの数による、という結論に達した。転移が発見される場合、ガンの数は複数になっており、その場合その複数がさらに転移するという悪循環に陥る。賭けるのはそこしか無かった。

そして、入院の日が来た。
手術までは1週間程度。さらに、僕個人は就職活動があったため、病室でエントリーシートを書いたりもした。そんなこんなで、迎えた手術日。
とりあえず、平常心で待った。開けてみて、手術続行不可の場合は、もう、方法葉無くなる。さらに、手術で転移巣が取れても、ガン細胞の数によっては結局抗がん剤など、またあらゆる方法を模索しつつも、余命は変わらない・・・。
生まれて初めて、これでもかというくらい緊張し、これでもかというくらい落ち着かなかった。待っている時間が何十時間にも感じられた。

そして、看護師さんが呼びにきてくれたのは、手術開始後、2時間半くらいが経った後だった。少しの期待を抱いた。数十分で終わらなかったことで、とりあえず開いただけ、ではなかったと想像したからである。
麻酔で意識がややぼんやりしてる母親と軽く挨拶をした後、僕だけ主治医の先生、執刀医の先生からの説明を聞く時間がきた。
「手術は成功しました。キレイに取れたよ」と、ガンの部分も見せてもらい、少しの希望を感じた。悪そうなところは全部取れたこと。後は精密検査によって、最終診断となるということだった。

とりあえず、病室ではまだ麻酔と手術の影響で高熱ではあったが、意識も戻ってきていて、成功したことは伝えた。少しだけ安堵しているような表情だった。

そして約1ヶ月弱くらいの入院を経て、転移巣の検査結果を聞いた時、初めて神様は居るかもしれないと思った。

「今までで初めてのことだが、転移巣のガンは、一つだけ。他の箇所への転移はなさそうなので、抗がん剤治療、ホルモン治療で様子を見よう」ということになった。余命2年だろうと言われた8月から、5年後生存率85%程度までに、変わった瞬間だった。奇跡だと思った。諦めてはいけないんだと心の底から思った。

あれから、5年。母親は健在である。もちろん検査や投薬は行っているが、元気である。心から、今、こうやって元気で居てくれてることが、嬉しい。
本当に心の底から。
母の日、以外にも、親孝行する機会を増やさないといけないと思っているが、なかなか出来てない。

読んでよかった
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拝読しました。
読み進むうちにTakegamiさんと同様、手術の成功を祈る気持ちになりました。5年経ってご健勝とのこと、安堵しています。
親孝行を公言するのは照れくさいですし、正直な気持ちを読み手に伝えるのも難しいと思います。そんなテーマですが、このストーリーは素直な気持ちで読むことができました。Takegamiさんのお母様は、このストーリーを読んでいますか? このストーリーを書いただけでも、親孝行だと思いますよ。
ボクには老いた母がいますが、とりあえず今晩にでも電話しよう、と思いました(照w)

奇跡しゅごい!

すばらしいストーリーをありがとうございました。勇気を頂きました!

Takegami Takayuki

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