今の俺には何が必要だ?

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今朝考えたことだ。

今こうして大学のパソコンでキーボードをたたいている今も、その問いに明け暮れている。



だがひとつ、答えっぽいものはある。

仲間?




仲間。そういや大学に入ってからまともな仲間はいなかった。



1年生の頃はバンドサークルでの付き合い。だがどこか壁がある。twitterアカでブロックされたのだから尚更だ。分厚い壁だろう。



2年生、ゼミの付き合いが増える。そちらも疎遠だ。体育会系の先輩ばかりで話が合わない。さらに高校の同期や後輩、先輩と、だんだん会えなくなってしまっている。



3年生の夏、ついにサークルをやめる。バンド、ギターに意欲がなくなり、高校の同期らにも会わなくなる。次第に笑う回数が減る。まるで時間が止まっているかのようだ。



4年生現在、こうしてstorysに投稿している。何故だかわからない。やりたいからやってる。それでいいのかもしれない。



仲間というのは何なのだろう?大学で一人になることに慣れすぎて、そのことにわからなくなったのか?あるいは大学で他人に傷つけられすぎてよくわからなくなったのか?



 ただ、コーチング用語で表現するとしたら



ゴールを共有している存在



なのだろうか?勝手に考察していることなので、苫米地英人さん著『コーポレートコーチング』を是非買って、参考にしてほしい。僕も今朝買った。








そう定義したら、確かに仲間はできないはずだ。



僕のゴールに共有する人なんて、この大学にほんの一握りしかいないだろう。



高校のときの僕のゴールは



所属している軽音楽部一のギタリストになる!



といった「井の中の蛙」のようなゴールだっただろう。当初はゴール設定のことを学んでいないので詳しくはわからないが。



そんなゴールを達成出来たかは曖昧だったが、本当に人並みに自慢ができるくらい上手くなったり




文化祭のオープニングライブステージにたてたり



等々、ギタリスト、音楽家としての才能を開花出来ていたのは目に見えていた。



だが、卒業して大学に入った途端



何の情熱も湧かなくなった。



何故だろう?ゴールがなくなったから?



僕に見えていたゴールは



大学を卒業すること



ただそれだけだった。



だが、これは僕の達成したいゴールではない。明らかに他人のゴール



そう、親のゴールだった。




親父
お前が音楽で飯を食うことなんて出来るわけないだろ。大学にいけ。



そんなことを言われて渋々行っただけだ。



そんな情熱もクソも感じられないゴールを背負わされたのだ。




ただ進路のことしか口出しないくせに




※なにやら子供は親孝行をするべきだという論調があったり、子供の自己責任として片付けられる問題はとても多いですが、僕は全くもってそう思いませんし、子供が全責任を背負わされていること自体、異常だなと思います。親孝行をしたければすればいいですが、嫌々親孝行をするのは違うと思いますし、ましてや強制的に親孝行をさせるのは言語道断。恥じてよろしい行為だと僕は思います。子供を産んだのは誰ですか?親でしょう。子供は勝手に親を選んでこの世に生まれた?そんなわけがないでしょうwww子供は偶然「その人の子供」として産まれついたわけです。それなのに、どうして子供が全責任を負わなければいけないのです?子供を産んだのは親でしょう?日本では子供と親の問題で非常に誤った教育がされております。それが毒親を産んでしまう原因にもなるのです。僕はその負のスパイラルを食い止めるため、堂々と親に対しての主張を唱えます。



















読んでよかった
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登 淳也

誕生日は1996年です。 登淳也21歳です。「好きなことを好きな時間で好きな場所でやる自由。」その生活に対しての憧れを拭いきれぬまま、大学4年生になりました。 親父、お袋の就活の催促が激しくなる中、どうしていいか正直わからず、途方に明け暮れる毎日。 こんな生活し続けたらヤバイ!!確実にそう思い

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登 淳也

誕生日は1996年です。 登淳也21歳です。「好きなことを好きな時間で好きな場所でやる自由。」その生活に対しての憧れを拭いきれぬまま、大学4年生になりました。 親父、お袋の就活の催促が激しくなる中、どうしていいか正直わからず、途方に明け暮れる毎日。 こんな生活し続けたらヤバイ!!確実にそう思い

登 淳也

誕生日は1996年です。 登淳也21歳です。「好きなことを好きな時間で好きな場所でやる自由。」その生活に対しての憧れを拭いきれぬまま、大学4年生になりました。 親父、お袋の就活の催促が激しくなる中、どうしていいか正直わからず、途方に明け暮れる毎日。 こんな生活し続けたらヤバイ!!確実にそう思い

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