いつも寝癖のままレジ打ちするワタナベ君の話

彼の前髪には、今日も寝癖がついていた。

名札に「ワタナベ」と書かれたこの彼とは、同じ苗字だが何の関わりもないし、恐らく彼は私のことを知らない。

 

初めて彼を目にしたのは半年前。スーパーのレジに並ぶと、不慣れな手つきで商品をかごに入れる少年がいた。どうやら新人らしい。研修中の名札をつけた彼は、しかしあまりにもたつくので、しびれを切らした教育係の女性に「さっきも言ったでしょ!こうするの!」と注意を受けている。その後も覚えが悪いようで、「分かった?分かったら返事して!」と、きつい口調がレジに響く。だが教育係がイライラするのも当然だ。彼は内気な感じでおおよそ接客に向いていない。モジモジして人と目を合わせないし、声だって小さい。おまけに、前髪に寝癖がついている。ダイナミックに右上に波打つその寝癖は、もやしのように細い体のせいで、余計に目立っていた。

 

1週間後、ワタナベ君は頼りない声で入店客に「いらっしゃいませ」を連呼していた。恐らく声を出すようにと指導されたのだろう。でもね、ワタナベ君。棒読みで言われても嬉しくないのよ?むしろ若干ウザイよ?と心の中で呟きながら彼のレジに向かう。うん、またモタモタしてる。「ありがとうございましたぁー」と、これまた覇気のない挨拶。この子、大丈夫かしら。イジメられないかな。バイト続くかな。

 

しかし、そんな私の心配をよそに、彼は着実に成長していたようだ。今日スーパーに行くと、ワタナベ君は相変わらずモタモタして・・・ない!?あれ?・・私は目を疑った。目の前にいる少年は商品を綺麗にかごに入れ、「ありがとうございましたっ」と軽快にお釣りを渡す。何よりも驚いたのは、彼が同じバイトの女子に話しかけていること。そんな社交性あったっけ、あんた!あ、しかも相手の女子が笑ってる!

 

ワタナベ君、あんたすごいよ(寝癖ついてるけど)!

レジ早くなったよ(寝癖ついてるけど)!

女を笑わす話術まで持つなんて(寝癖ついてるけど)!

 

頑張っている彼の姿に、なんだか元気をもらいました。ありがとう、ワタナベ君。

著者のwatanabe yuriさんに人生相談を申込む

著者のwatanabe yuriさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。