突然のブラジル

群馬県の田舎にある村で僕は育った(国の押し進める市町村合併政策で、現在は市になっている)。


 それと関係しているかどうかはわからないが、幼い頃から漠然と外の世界、海外に対するあこがれのようなものがあった気がする。もしくは、当時買い与えられ、好んで読んでいた本が「日本昔話」ではなくて、「世界名作童話集」だったからなのかもしれない。


とはいえ当時の僕の環境では、国際的なものや異文化に具体的に触れる機会はほとんどなかった。


しかし、意外な形で海外が身近に感じられるようになった出来事があった。僕の日常生活に突然しのびこんできたブラジル。


photo credit: austinhk  via  photopin


  小学校二年生の時のことだった。とある日曜日の午後だったと思う。僕にとっては親戚のおじさん、父の兄夫婦が我が家を訪れた。当時の両親とおじさん夫婦の細かいやりとりはさすがに覚えていない。しかし、そのやりとりの中から、僕が知っている父の5人の兄と、1人の弟の他に、ブラジルに移民してバラ園を営んでいるもう1人の兄なる人物が存在することを理解した。その時まで僕はその事実を全然知らなかったのでもちろん驚いた。


 おじさん夫婦は、ブラジルに飛行機を乗り継いで行って来たという。
「向こう(ブラジルにいる、僕の父親にとっては弟)がジーパンをはいてきたほうが現地に溶けこんで安全だって言うから、ジーパンを買って、わざと穴を開けていったんだ。金を持っているように見られないように」とおじさんは言った。

 父親の兄夫婦、僕にとってはおじさん(父の兄弟の4男)とおばさんがジーンズ姿で異国に降り立つさまを僕は想像した。二人のジーンズ姿を僕は見たことはなかった。たぶん、熟年になってのジーンズ・デビュー。


想像しながら、なんだかほほえましい気分になった。と、同時にブラジルというのは危険なところなのか、とも思った。アリババの物語のように山賊や盗賊のようなものがジャングルから突然襲いかかってきたりするのだろうか(と、勝手に想像をふくらませた)。

 おじさん夫婦はお土産として、これまで見たことのないような品をたくさん置いていった。その中で特に目を引いたのがブラジルの蝶、ブルーモルフォの剥製だった。


Photograph of a Blue Morpho butterfly (Morpho menelaus) by Gregory Phillips


青くきらびやかに光るその羽の色は自然界のものとはとても思えなかった。圧倒的な美しさだった。また、サソリが生きたままガラスの固まりに入れられたような文鎮があった。しっぽを持ち上げたサソリは、そのガラスから今にも出てきてその鋭いとげで僕の指を突き刺せるかのような迫力だった。


もともと動物や昆虫が好きだったが、それでさらに拍車がかかったのか、その秋の読書感想文で僕は『ファーブル昆虫記』について書き、賞をもらっている。



 ところで、当時の僕は勉強もそこそこ、運動もそこそこという感じで、率直に言えばぱっとしない存在だった。


担任の先生や親はボキャブラリーが同年代の子供と比べると豊富だというようなことをよく口にしていたが、実感としてはよくわからなかった。もちろん、小学校低学年の仲間たちはそんなこと誰も評価してくれるわけがない。


それはともかく、自分が書いた「文章」が評価を受けたことは当時の僕にとってちょっとした驚きだった。後から考えると読書感想文で賞をもらったことは文章を書くことに限らず、自分にちょっとした自信を持つ一つのきっかけになったと思う。


とても単純なことだが、そういった単純なことの積み重ねが自己像や自我を形成する大きな要因になっていることも事実である。


 過去を振り返ったとき、外国土産の昆虫グッズ(?)が自分の人生に一ひねり加えているかもしれない、と考えると、なんだか奇妙な気分になる。

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