第1回 中国語を話せないけど上海に2年間住んでみた結果語学力はどう変化したか。

2011年7月30日から上海に住み始めた。

中国語レベルは初級。
もう少し正確に言うと,
大学の1年生の時に第2カ国語で中国語を受けていた。
とは言え所詮大学の第2カ国語の授業なわけで、
強制的に頑張らなければいけないような授業ではない。
単位を取得するのに重要なのはとにかく出席することだった。

ただ僕は大学に入る前に実は中国語の初級レベルの本を買っていた。
さらには中国語も検索できる電子辞書を購入していた。
もともとは猟奇的な彼女という映画が好きで韓国語を学びたかったのだ。
ただ僕の大学には韓国語の授業がなかった。
結果的に今後中国は伸びていく国だし漢字だしということで中国語を受ける事にした。
当時はまさか上海に住むなんて本当に夢にも思っていなかったのだが、
なんとなくグローバルな世界に憧れだけはしていたので、
とりあえず大学に入るまでの時間で中国語の初級の本を1冊だけやってみるかと思ったのだ。
本のまえがきを読み進めると中国語は発音が難しいということがわかった。
でも漢字は同じだったり似ていたりするからなんとなくわかるし筆談もしやすい。
ということは発音だけしっかりしておけば良いのだなと僕は思った。
発音ができれば、旅する時には電子辞書でもあれば単語調べられるし。
そんな事を思いながら本を読み進めると単語の発音の練習から始まった。
発音だけはということでそれぞれの音がでるように口と舌を動かして練習してみた。
本を読んでCDの前をしているだけなので出来ているのか出来ていないのかもよくわからなかった。

実際に大学での中国語の授業もスタート。
とりあえず発音の学習はしていた自分は復習するように授業を受けた。
ただ発音の授業はあっという間に終わり、授業では単語や文法を学習し始める。
授業では単語の小テストを必ず行なう。
でも僕は単語なんて電子辞書で調べればよいという意味の分からないポリシーを持っていたので、全然勉強していかなかった。
中国語の授業では人生で初めて0点も取った。
まさか自分がドラえもんののび太のように0点をとるとは思わなかった。
全然話せるわけでもないけど、発音できればOKというポリシーを証明したくて、
大学1年生の時には北京へ旅行に行ってみた。
言葉が通じたり通じなかったり。。もっと正確には単語が通じたり通じなかったり。
でも無事に旅行を終えて、その当時思ったのは北京に住んでも良いなと言う事だった。
肌に合うという事もそうだけど、なんとなく達成感を感じたからだろう。
その後電子辞書片手に大学中に機会を見つけて上海や台湾にも行った。
とはいえ発音しかできなかった。その発音も今思えば中途半端なレベルだったけど。
本来なら中国語に没頭しておけば良かったのだが、
留学したくてもお金がない。
僕は大学生活では生活費を稼ぐ為にもキッチンのアルバイトに没頭した。
大学生活では何でも良いから何かに没頭できた人は社会人でも仕事に没頭できるはずだと考えていた。
調理師免許も取得した。

中国語や中国のことなんて頭の片隅にいき、
僕は大学を無事に卒業して東京で働き始めた。
上海に住み、働く事になった流れは以前のストーリーを読んで頂ければと思う。
今思うと人生は繋がっていくものなんだなと思う。
韓国語ではなく中国語の授業を受け、中国を旅行する。そんな記憶にもあまり残っていないような些細な体験が繋がっていくものであり、必然だったのではないかとさえ思うほどである。
とにもかくにも上海で住み始めた時の中国語のレベルは、
とりあえず発音できる(自分判断で発音できると思う)から中国語はなんとかなるでしょ、
そのような状態だった。

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